ネクオロでした
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零の使い魔。 第二話
2007-06-09 Sat 18:54
フランス村だとばかり思っていた場所は実は……あの国だった。



そして明らかになる俺の名前。



果たして俺は生きて祖国の地を踏むことができるのだろうか……?




零の使い魔。 第二話 <闇>






 どうやらここはフランス村じゃないらしい。


 俺がそう確信したのは、桃色の少女が周囲の人間から小ばかにされていた時だ。


 最初は友人がからかっているだけかと思っていたが、どうも様子がおかしい。


 目の前に立っている女の子は両手を硬く握り締め、うつむいて肩を震わせている。


 表情は窺えないけど……もしかしたら泣いているのかもしれない。


 完全に部外者だろう俺がいきなり声をかけるのもどうかと思い、少女とさっきまで談笑していた男性に顔を向ける。


 もともと気弱な性格の俺は人に説教できるほど強くはなかった。


 だからせめて、保護者っぽい立場にいるだろう彼に事態の収拾を頼みたかった。


 一応、彼も周囲の面々に注意を促しているようだったが、中傷に回っている面子の人数の方が圧倒的に多いせいかうまく行ってないようだ。


 っと、男性と偶然目が合ってしまった。


 いきなり目を逸らすのは相手に失礼だろう。


 そう考え、その調子でお願いしますという意味を内包した笑みを浮かべる。


 が、男性はサッと目を逸らすと再び注意を始めてしまった。


 むぅ、どうやら彼も俺と同じ極度の人見知りなのかもしれない。


 それともやはりこの無表情のせいだろうか?


 どうやら俺の顔の筋肉はかなりガタがきているらしく、本来の能力の十分の一も発揮できていないようなのだ。


 俺が心の中で爆笑していても、実際に表情として現れるのは微笑。


 俺が心の中で激痛に喘いでいても、実際に表情として現れるのは苦笑、もしくは失笑。


 そして何も考えず、とりあえず適当に笑みでも浮かべて誤魔化しておけという時は大抵が嘲笑になってしまう。


 自分で言うのも何だが、本当に困った能力だと思う。


 この微妙に無表情なスキルに、従来の人見知り+口下手が加わることで俺は天下御免の冷血人間に見られてしまうのだから。


 せめて悲しい時は悲しい表情ができるように特訓した結果、泣き顔までは無理だったが、とりあえずは悲しい表情を会得することに成功した。


 だけど、今度はその表情は逆に悲壮感が漂い過ぎているからやめてくれと友達に言われてしまった。


 俺はろくに悲しむこともできない人間なのかと一週間ほど落ち込んだのは、まだ記憶に新しい。


「おい、ルイズが平民相手に緊張しているぞっ!」


「ははっ、さすがはゼロのルイズ! コントラクト・サーヴェントもまともにできないかもしれないもんな!」


 依然として動かない少女を指差しながら、二人の少年が笑声を響かせている。


 年齢はどちらも十五~六ぐらいだろうか?


 少女と同じローブをまとい、手に杖を持っているその様は少し前に見た映画に登場する魔法使いのようだ。


 と言うか、彼らは人を指差してはいけませんと両親から習わなかったんだろうか?


 さすがにそれ位、俺だって知っていると言うのに。


 ……などと胸中では憤慨しつつ、実際に口に出して注意できない自分が情けない。


 何だかんだ言って俺も駄目な大人の一人というわけだ……はぁ。


 気づいたら知らない場所にいて、コスプレした人たちに囲まれていて。


 神様、貴方は一体この俺に何をさせたいのでしょう?


「ゼロのルイズ! さっさとそこの平民と契約してみせろ!」


「―――っ!」


 少年の発した言葉に、桃色の少女の肩がびくりと震える。


 このままじゃ、本当に泣き出してしまうかもしれない。


 うぅ……さ、さすがにこれ以上集団いじめを見て見ぬフリをするわけには……。


 く、くそっ、覚悟を決めろ、俺。


 大丈夫だ、冷静に言葉を選んで語りかければきっとわかってくれる筈。


 スーハースーハー。


 小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


 次いで、頭の中でこういった場合に有効だろう言葉を選択する。


 人と会話したことの少ない俺の語録は極めて貧弱な代物だったが、何故か謝罪の言葉が並ぶ棚だけは豊富だったりするのだ。


 よし……いじめはよくないですよ。彼女を馬鹿にするのはやめてください、と。


 たぶん、これで大丈夫だろう。


 相手を馬鹿にするわけでも上から見下ろすわけでもない、紳士的な言葉の羅列。


 噛まずに言えるよう胸中で数回練習をして……よしっ、いざ本番だ。


 座ったまま口にするのは躊躇われ、まだ痛む足を堪えて立ち上がる。


 そして俺は喧嘩を仲裁するために口を開いた。


「彼女を……馬鹿にするな」


 ……あれ?


 おかしいなぁ、練習していた言葉より明らかに字の数が少なくなっている気がする。


 大きな声を出せないのは想像通りだったけど、まさかこれほどまでに声量が小さいとは思わなかった。


『…………』


 気づけば、この場にいる全員が俺の方を向いていた。


 中途半端に声を出してしまったから、注目を集めてしまったようだ。


 まずい、浴びたくもない注目を浴びてしまっている……。


 どうにもこういった雰囲気は駄目だ。


 人見知り暦が長いせいか、人から見られていると感じるとひどく落ち着かなくなる。


 仕方なく、俺は少女をからかっていた少年二人だけを見るようにした。


 まだ沢山の人が俺を見ている気がするが、あのまま突っ立っていて不特定多数の注目を集めるよりは幾分かマシの筈。


 俺の視線の先では、少年二人が肩を震わせながらうなだれていた。


 あぁ、そうか……どうやら彼らも自分たちの行いを悔い改めているんだろう。


 人の心には必ず良心というものがあるという。


 きっと、今の彼らの胸中じゃその良心が己を責めているに違いない。


 これは俺が口を出すまでもなかったな。


 大丈夫だよ、あの女の子だって誠心誠意、心をこめて謝れば許してくれるよ。


 そういった気持ちをこめ、笑いかける。


 何故か二人の肩が大きく反応した。


「お、お前、平民の癖に貴族に……な、何て口の利き方を……」


 良心の呵責に押し潰されそうになっているのか、そう語る少年の体は明らかにガタガタと震えていた。


 平民だとか貴族だとかいう設定はわからないが、それは恐らくこの場所の風習か何かなんだろう。


 日本では貴族制度はとっくの昔に廃止されているけど、それがどこかの小さな村で未だに続いていたとしても不思議はない……と思う。


 ふと気づけば、あの桃色の少女が目を丸くして俺を眺めていた。


 ……どうしよう。気まずい。


 このまま押し黙っているのはどうかと思う。


 だけど、口下手な俺はこういった時に何を言えばいいのかすぐに出てこない。


 仕方なく、さっきと同じ言葉をもう一度言っておいた。


 そして針のむしろに放り込むような真似をしてゴメンと、視線に謝罪の色を乗せて二人の少年に飛ばす。


 猛省の極地にでも達しているのか、彼らの顔色は青かった。


 ……あ、俺の目が相手に恐いという印象を与えることを失念していた。


 自分に溜め息を吐き、彼らから視線を外すと、今度は桃色少女と目が合ってしまう。


 一瞬、少女の体がびくりと震える。


 ああぁ……ゴメンよぉ……別に恐がらせるつもりはなかったんだ……。


 もう二度と前髪を切ろうとか思わないから、許してください。


 また急いで目を逸らそうとすると、不意に少女が言葉を発した。


「……あなた……まさか私を庇ってくれたの?」


「…………」


 ……庇う?


 少女の言葉の意味がわからず、胸中で首を傾げる。


 ……あっとと、これ以上目を合わせていると折角よくなっている彼女の機嫌が悪くなってしまうかもしれない。


 慌てて―――は失礼だと考え直し、いつもよりも少しゆっくりとした速度で少女から視線を外す。


 でも正直に言うと……ちょっとだけ嬉しかった。


 今まで俺と目を合わせて喋ってくれた人は両親を抜かすと一人だけだったから。


 この女の子が誰なのかはわからないが、きっと心根の優しい娘に違いない。


 などと思っていると、今度は少女に「屈んで」と頼まれた。


 理由はわからないが、別に断る理由もないので従っておく。


「そ、そうよっ! 最初からそれくらい素直だったら良かったのよ!」


 一体何が彼女のテンションをそこまで高めているのか。


 その愛らしい頬を僅かに紅潮させ、少女は俺の頭部を両手でホールドする。


 頭突きでもされるのかと身構えた(あくまで心の中で)俺を待っていたのは、何故かその少女との接吻だった。


 無論……初めてのチューだ。


 思わず俺が目を見開いてしまったのも仕方がないと思う。


 頭の中では現在進行形で小動物たちがサンバを踊っている。


 この時ばかりは表情の乏しい自分に感謝した。


「…………」


 唇を離した少女は何とも言えない表情で俺の顔を見つめている。


 見た目お淑やかなお嬢様なだけに、正直、何故このような行動に出たのか意味がわからない。


 ……反抗期だろうか?


 その真意を問いかけようとした直後、俺の体を今まで体感したことのない激痛の波が駆け回った。


 あまりの痛みに声を出すこともできず、ただその場に留まって痛みに耐える。


 こうしていると一見痛みに強そうに思えるかもしれないが、実際はそうじゃない。


 ただ苦痛やら悲鳴が外に零れ出ないだけ。


 腕の骨が折れたことを誰にも伝えられず、また誰にも気づいてもらえず、一人でトボトボと病院まで歩いて行ったのはつい二ヶ月前のことだった。


 今だって別のことを考えて、必死で痛みを誤魔化しているぐらいなのだから。


 ようやく痛みが引いたと思ったら、何故か左手の甲に変な刺青が浮き上がっていた。


 日本語でも英語でもない、不思議な文字の羅列。


 昔、罪を犯した者が刺青を入れられるという話を聞いたことがあるが……まさか。


 最悪の想像をしてしまい、胸中で青ざめる俺。


 そんな俺に近づいてきたのは、頭が危機的状況の例の男性だった。


「ふむ、無事にコントラクト・サーヴァントは成功したようだね。……き、君、少しそのルーンを見せてもらってもいいかね?」


「……ああ」


 何故か声を上擦らせながら言ってくる男性に、黙って左手を差し出す。


 もし断ったら、手にしている大きな棒で叩かれるかもしれないと思うほど俺は気弱な人間だった。


 彼はしげしげとその「る~ん♪」という刺青を観察した後、「随分と珍しいる~んだな」と言って俺から距離を取った。


 おかしい、何やら先ほどからこの人に警戒されているような気がしてならない。


 もしや、髪が自分よりも多い俺を目の仇にでもしているというのか。


 だとしたら……何て外道。


 男性は拍手を打って注目を集めると、声を張り上げる。


 太陽の光を反射する彼の頭頂部が酷く眩しかった。


「それではこれで儀式は終了だ。各自、寮に戻るように!」


 言い終えた直後―――男性の体が浮いたっ!?


 ふわふわと漂いながら、建物の中へ消えて行く。


 ……俺はどうやらすごい思い違いをしていたらしい。


ここは日本だとばかり思っていたが、それは過ちだった。


 日本では個人携行用の飛行装置なんて発売されていないし、そもそも無音で人間の体を宙に浮かべる装置など発明されてすらいないからだ。


 きっとそれはアメリカも一緒だろう。


 だとしたらここは日本でもアメリカでもなくて……ドイツかもしれん。


 何かで「ドイツの科学力は世界一」という記述を見た(聞いた?)気がするし。


 俺が胸中で呻っている間にも一人、また一人と少年たちが巣立って行く。


 日本人の俺がそんなに珍しいのか、多くの者が俺に一瞥を投げてから飛行装置を起動させて建物の中に消えて行った。


 それにしても……ドイツ語とは参った。


 英語ならまだ少しは話せるがドイツ語はお手上げ―――って、言葉は通じているか。


 なら、ここはドイツ国内に施設された日本語学校とかなのかもしれないな。


 そうやって見てみれば……なるほど、確かにあの建物とかもそれっぽい感じがしないでもない。


 ピサの斜塔っぽいと言うか何と言うか……傾いてはいないが。しかも五本もあるが。


「ハ~イ」


「キュルケっ!?」


 桃色少女とは別の少女の声が聞こえたので、そちらに視線を向ける。


 注意すべきは、視線をダイレクトに相手の目に合わせないこと。


 人と話す時は相手の目を見なさいというのが原則だが、それは俺には適合しない。


 知らず、俺の視線はキュルケと呼ばれた少女の斜め上あたりを彷徨っていた。


 うぐぐ、非常に見辛い……。


 視界の大部分が蒼穹に支配されてしまっている。


 辛うじて視認できるのは、キュルケの髪が真っ赤だということか。


 彼女の側にもう一人、背の小さい女の子がいるが……読書をしているようだし邪魔しちゃ悪い、そっとして置こう。


「あ、あんた、一体何の用よ。こう見えて、私は忙しいんだけど!」


「いえ、べっつにぃ~。ただあなたが面白い使い魔を召還したって聞いたから、ちょっとだけ見せてもらおうと思って」


 そう言って、キュルケは俺に視線を向けた―――のだと思う。


 違う方向を向いている俺は、彼女の行動を満足に確認できないのだ。


 あ、大きなトカゲが飛んでいる……。


「あら、ルイズ、あなた本当に平民を召還したのね」


 キュルケの声色から驚いているのが読み取れる。


 気になるのは「平民」と「貴族」という単語。


 これは詰まるところ、ドイツという国に未だ貴族制度が色濃く残っているということに他ならない。


 民主主義を掲げる国の住人からして見れば、それは俄かに信じられないことだった。


 だが……悲しいかな、平民と言われて納得してしまう俺がいるのもまた事実。


 お世辞にも貴族と呼ばれるような生活は送っていないのだから仕方ないが。


 ちくしょう、ブルジョアが憎い。


「で、あなた……名前は?」


「…………」


 視線を重ねないよう意識しながら、目線をキュルケに近づける。


 隣で桃色少女が怒鳴っているが、今は触れないでおこう、恐いから。


 髪の色と同色の彼女の瞳は、真っ直ぐ俺へと向けられていた。


 恐がられるのは嫌なので、一瞥しただけですぐに視線を逸らしてしまう。


 何て発育のいい……などと思ったのは俺だけの秘密である。


 どうやら名前を訊かれたのは俺らしい……って、当然か。


 だが、何と言えばいいのだろう?


 外国だから名前が先で苗字が後になるのか、それとも日本にいた時と同じように苗字の後に名前の順番でいいのか。


 そうやってしばらく悩んでいると、何を勘違いしたのかキュルケが「そんなに緊張しなくても大丈夫」と声をかけてくれた。


 確かに俺は緊張している。


 そも人見知りの俺が人と会話するのでさえ珍しいというのに、その対象が女性だというのなら尚更緊張してしまうのは必然だろう。


 際どい格好とは裏腹に、キュルケはとても穏やかな気性を有する女性らしい。


 礼を言おうと思い、やはりここはドイツ語で返すべきだと判断した結果、俺の口から出たのは片言のドイツ語もどきだった。


「……ダンケ」


 言葉が硬く、無機質なものになってしまうのはもうどうしようもない。


 これは癖だと思って割り切るしかないのだから。


 そして俺は自分の名を出そうと口を開きかける。


 しかし、俺の口から真名が紡ぎ出されることはなかった。


「そう、ダンケっていうの。何と言うか、在り来りな名前ね。さすがは平民だわ」


 ……何故そうなる!?


 やはり発音か、発音が悪かったせいなのか。


 それとも、ダンケ=ありがとうだと記憶していた俺の頭に、致命的な間違いがあったのか。


 グーテンモルゲンは……さよなら、だったか?


 否定しようとするものの、キュルケは桃色少女と言い争っているらしく忙しい。


 きっと、今発言しても俺の小さな声量では風に流されてしまうだろう。


 …………あ。


 と、ここで大切なことを見落としていたことに気がついた。


 と言うか、今の今まで気がつかなかったのが不思議なくらいだ。


 そう……俺はあの桃色少女の名前を「聞いていない」。


 ……いや、ちょっと待て、それはおかしい。


 色々な人物が彼女の名前を呼んでいたじゃないか……ゼロの■■■と。


 奇妙な違和感。


 あれ……どういうことだ?


 俺は確かに彼女の名だろう固有名詞を聞いた、それも何度も。


 だがしかし、何度思い返そうとしてもその部分だけが白紙になってしまう。


 何なのだろうか、この言いようのないもやもや感は。


 何だかわからないけど、俺は彼女の名前を訊かないと駄目な気がする。


 二人の談笑を妨げるようで非常に申し訳ないが、声をかけよう。


 瞬時に頭の中で言葉を組み立て、数回練習……よし、今度こそ。


「……名を」


『……えっ?』


 し―――しまったぁっ!?


 俺が言いたかった言葉は「名前を教えてください」という単純なもの。


 だがどういうわけか、実際に顕現したのは最初の方の二文字だけだった。


 何ということだ、言語機能にもガタが来ていたということか……。


 しかし、ここまで来て後に退くわけにはいかなかった。


 挫けそうになる自分の心に鞭を打ち、もう一度言葉を放つ力を溜める。


 緊急事態だから仕方がない。


 俺は今まで敢えて逸らしていた視線を桃色少女のそれに合わせた。


 これで俺が話そうと思っている対象が誰なのかくらいは伝わった筈だ。


「名を……教えてほしい」


 今度はさっきよりもうまく発音することができた。


 一部文字が抜けていたり、間の取り方を間違えているような気もするが、意味がきちんと伝わっているだけ上出来だ。


 俺の心を満足げな気持ちが満たしていく。


「……わ、私の?」


 周囲をキョロキョロと見渡してから、自分の顔を指差す桃色少女。


 そうですと頷くと、何故かそっぽを向いてしまった。


 心なしか耳が赤くなっている気がする。


 まずい……怒らせてしまった。


 それでも、


「ル、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。これからあなたのご主人様になる者の名前よ。しっかり覚えておきなさい、ダンケ。わかったわね!?」


 ちゃんと答えてくれた少女―――ルイズは本当に優しい女の子だと思う。


 ついでに、もう俺の名前は「ダンケ」で固定されていることに気づいた。


 せめて最後の文字を「テ」にすれば良かったと今更ながら後悔する。


 後悔先に立たず、というやつだ。


 それはそうと……ご主人様というのは一体何なのだろう?






零の使い魔。 第二話 <闇>








 唇を重ね合わせた時、ルイズは目を瞑っていた。


 その行動に別に深い意味はない。


 ただ何となく、使い魔相手にこう思ってしまうのもどうかと思うが、恥ずかしかったからそうしただけだ。


 しばしの邂逅の後、ルイズは己が召還した使い魔から唇を離した。


 顔に血液が集中しているのを自覚しながら、それでもせめて態度だけは貴族らしくあろうと目を見開き、男に視線をぶつける。


 彼女の眼前にいる男は、当然の如くその場に立っていた。


 力むわけでも周囲を警戒するわけでもなく、自然体で屹立している。


 衆人環視の前で「契約」したと言うのに、その表情には何の感情も顕現していない。


(わ、私の初めてをあげたって言うのに……この男は何も思わなかったって言うの!?)


 ルイズの胸を決して軽くない怒りの感情が駆け巡る。


 確かに自分はあの無駄に育ったツェルプストーよりも胸はないけど……でも……っ!


 爆発しそうになる感情を懸命に抑え込み、ルイズはコルベールに契約したことを告げる。


 彼女の側までやってきたコルベールは「ほう」と感嘆の息を漏らした。


「ミスタ・コルベール、どうかしましたか?」


「ん? ああ、メイジの私たちには関係ないことだが、通常使い魔のルーンを刻む際には酷い痛みが走ると言われているんだ。まあ、健康な体に無理矢理契約のルーンを刻むのだから無理もないがね」


「え……。で、ですが、彼は……」


 左手の甲に魔力が集中していることから、そこにルーンが刻まれているのだろう。


 しかし男は微動だにしない、表情一つ変えていない。


 コルベールの話が真ならば、耐え難い苦痛に喘いでいてもおかしくないと言うのに。


「そう、眉一つ動かしていない。一体どういった苦行を積めば、あれだけの精神力を養えると言うのか……。『ゼロ』と呼ばれる君が召還した使い魔、もしかしたら私たちが思っている以上にとてつもない存在なのかもしれないよ」


 そう言って男を見つめるコルベールの瞳には、今までルイズが見たことのない真摯な光が宿っていた。


「ふむ、無事にコントラクト・サーヴァントは成功したようだね。……き、君、少しそのルーンを見せてもらってもいいかね?」


 使い魔相手にどこか口調の固いコルベール。


「……ああ」


 素直に左手のルーンを見せる使い魔を見つめながら、ルイズは未だかつてない高揚感を身に感じていた。


 今まではずっと、魔法が使えないからと馬鹿にされ続けてきた。


 そして契約の儀に応じて現れたのは、一見するとただの平民。


 あの時は深い絶望に囚われてしまったが、今ならわかる。


 自分はジョーカーを召還したのだと。


 見た目はイマイチ冴えないものの、コルベールは学園でも屈指の実力を誇る優秀な魔法使い(メイジ)だ。


 その彼をして、「とてつもない」と言わせる使い魔を、ルイズは召還したのだ。


 これが喜ばずにいられようか?


 問題はあの男が自分を真の主だと認めるかどうかだが……。


(ふんっ、認めさせてやろうじゃない! 自分を呼び出したのが、仕えるに相応しいご主人様だとね!)


 ルイズは胸中で決意を固める。


 かつてないほどの闘志が彼女の発展途上の体を駆け巡っていた。


 そう……


「うっ……」


ふわふわと空を飛ぶ多くの生徒たちの姿を視界に収めるまでは。


 彼らが使っているのは初歩の初歩の呪文である、フライ。


 だが悲しいかな、それすらルイズは行使することができなかった。


 一転して、暗鬱たる気持ちで使い魔に目をやれば、彼は何をするわけでもなく空を見上げていた。


 前髪の隙間から垣間見える瞳には、生気というものがほとんど感じられない。


 コルベールの話ではないが、彼は今までどういう人生を歩んできたのだろう。


 見た目だけで言えば男の年齢は十代後半、もしくは二十台の頭。


 ルイズの年齢が十六だから、二人にそれほど年齢の開きはない筈だ。


 だと言うのに……。


 一体どういう生活をしていれば、どういった光景を映していれば、あんな目が生まれるのだろうか。


 いつか……いつの日か、彼はそれを自分に話してくれる日が来るのだろうか?


 自分でも気づかぬ内に、ルイズは己が使い魔に対して強い好奇心を抱いていた。


「ハ~イ」


 天敵は意外とあっさり現れた。


 フライを解除して降下してくるのは、様々な意味でルイズの天敵としか言いようのない相手、キュルケ。


 その傍らにいるおかっぱ頭の少女とは初見だったが、そんなものルイズには関係がなかった。


「あ、あんた、一体何の用よ。こう見えて、私は忙しいんだけど!」


 毅然とした態度で言い放つ。


 彼女の属するツェルプストー家とは浅からぬ因縁のあるルイズだ。


 ここで下手に弱みを見せるわけにはいかない。


「いえ、べっつにぃ~。ただあなたが面白い使い魔を召還したって聞いたから、ちょっとだけ見せてもらおうと思って」


「―――っ!」


 やっぱりか、とルイズは思った。


 自分の使い魔を召還した直後、キュルケは隣の少女と一緒にこの場から姿を消していた。


 だから、彼の起こした一連の出来事を目にしていなかったのである。


「だ、駄目よ!? 絶対に駄目! あんたなんかに見せるものなんて何もないわ!」


「けち臭いわねぇ。別にいいじゃない、減るもんじゃないし」


「精神的な何かが目びりするのよ、あんたが見ると!」


「何なのよ、それ……。まあ、いいわ。……ふ~ん、何と言うか、地味な男ねぇ」


 値踏みするような目で男を眺めるキュルケ。


 地味な男、それが男を観察したキュルケの感想だった。


 真に不本意だが、ルイズも彼女のその意見には賛成だ。


 着ている服といい、その髪型といい、雰囲気といい、確かに自分の使い魔は地味なのだから……彼の本性を知らない人間からして見れば。


「で、あなた……名前は?」


 キュルケがルイズの使い魔に名を尋ねる。


 胸を強調するようなどこか扇情的なポーズを取りながら、である。


 これは将来性に期待するしかないルイズからして見れば、手袋を足元に叩きつけられたに等しい行為。


 反論しそうになるルイズだったが、しかし、それよりも早くキュルケの表情が凍りついた。


 何事かと慌てて使い魔に視線を引き戻して……ルイズは思わず口許に笑みを浮かべてしまった。


 「微熱」の二つ名を冠するキュルケは、その無駄に育ち過ぎた(ルイズ主観)体を使って多くの男を虜にしてきた。


 彼女が制服を着崩しているのも、全ては自分の体を他者にアピールするためだ、とルイズは思っている。


 そして彼女が知る限り、ほとんどの男性はキュルケと初めて会った際、その胸元に視線を預けてしまう。


 言わば、キュルケにとって自分の肉体は魔法にも匹敵する彼女の武器なのだ。


 ところが……。


その矛先を向けられている男は、ごく自然な動作で空を見上げていた。


 そう、まるで「お前など端から興味はない」と言わんばかりに。


 自分でも捻くれているとは思うが、ルイズにはそれが何よりも嬉しかった。


「そ、そんなに緊張しなくていいわ。だから、早く名乗りなさい」


 そう言うキュルケのこめかみには、青筋が浮いている。


 自分の肢体に絶対的な自信を抱いているだろう彼女は、自分を見ようともせず、しかも名を名乗ろうともしない平民に相当うっぷんが溜まっているようだ。


 キュルケが爆発しないのは一重に平民相手に―――ましてや「ゼロのルイズ」の呼んだ使い魔相手に魔法を使うなどあり得ないという、彼女なりの貴族のプライドが働いているからだろう。


 男は一瞬キュルケに視線を落とすと、実に素っ気なく呟いた。


「……ダンケ」


 そして「もういいだろ」と言った風に溜め息を吐き、再び空に視線を預ける。


 ルイズの視界の端では、キュルケが顔を真っ赤にしていた。


 無論、憤怒の色で……だと思う。


 内心でいい気味だと思うと同時に、どうして自分はキュルケより先に使い魔の名を訊かなかったのかと後悔の気持ちが押し寄せてくる。


 ……ダンケ。


 ここ、トリステインではさして珍しくないその名前。


 その名前が本名なのか、それとも偽名なのかは定かでない。


 だが、ルイズは不思議とその真偽を確かめようとは思わなかった。


 本名だったら何も言わないだろうし、仮にもしその名が偽りだったとしても、きっといつの日か自分に真実の名を明かしてくれるだろう。


 楽観視にも程があると自分でも思うが……。


「そう、ダンケっていうの。何と言うか、在り来りな名前ね。さすがは平民だわ」


「…………」


 キュルケの嫌味もどこ吹く風と言った感じで、使い魔はただ空を見上げている。


 そこには、睥睨するだけで貴族の戦意を喪失させたあの姿はどこにもなかった。


 それはそうと、貴族は大抵自分の名に誇りを持っている。


 そういう基準で考えるのならば、確かに目の前の男は貴族ではなく平民だろう。


 名などに深い意味はなく、行動で自分を示すこの自分の使い魔は。


「あら、どうやら私の使い魔はあなたのことがお気に召さなかったようですわね、ミス・ツェルプストー」


 口許に手をあて、ルイズは高笑いなどあげながら言い放つ。


 ぴきりと、キュルケの青筋が脈動するのを彼女は見逃さなかった。


 大体、常日頃からこの女には「(魔法の才能が)ゼロのルイズ」やら「(胸が)ゼロのルイズ」やら大いに馬鹿にされ続けてきているのだ。


 だったら、今日ぐらい反撃に転じたとしても始祖ブリミルはお許しになるだろう。


「ま、まあ平民に私の魅力を理解しろと言うのが、そもそもの間違いだったわね。私の美しさは同じ高貴な者にしかわからないのよ……オホホ」


「あ~らぁ、声が上擦っておりますわよ、ミス・ツェルプストー」


「……っ!」


 キュルケの表情が一層険しくなるのに反し、ルイズの笑みは更に深くなる。


 犬猿の仲という格言があるが、彼らは正しくそれだった。


 しかし、ルイズが更に言葉の追い討ちをかけようとした直後、唐突にそれは響いた。


「……名を」


『……えっ!?』


 声量だけで量るなら、その言葉は囁きにも近い。


 聴き取ること事態、困難に分類されるもの。


 しかし、声量だけでは決して推し量ることのできない何かが、その言葉には内包されていた。


 思わずルイズとキュルケの動きが止まる。


 驚くべきことに、今まで我関せずと言った様子で読書に没頭していた少女も何事かと顔を上げていた。


 三人の少女の視線を一身に集めた男は、その中の一人……ルイズだけをじっと見つめ、もう一度言葉を紡ぎ出す。


「名を……教えてほしい」


 つい先ほどまで正しく虚無だったその双眸には、ルイズを庇った時と同じ穏やかな光が息づいている。


 それと同時に確固たる決意を彼の目は宿していた。


 その黒い瞳に一瞬、少女は見惚れてしまう。


「……わ、私の?」


 狼狽しながら尋ねるルイズに、男は小さく首肯することで応じる。


 確かにより良い主従関係を築くためには、名前の交換は必要不可欠だ。


 それはメイジと使い魔にとっても同義であり、大抵は召還した者が被召還者に名を与えることで契約とする。


 だが、ルイズが召還したのはあくまで人間であって、幻獣や動物ではない。


 だから彼は自分の名を告げた代わりに、主であるルイズの名を求めたのだろう。


 これはつまり……男がルイズを主として認めたということに他ならない、と解釈してもいいのではないか。


 緩んでしまった表情を隠すために使い魔から顔を背け、咳払いを一つ。


 そして努めて冷静を装いながら、ルイズは自分の名を使い魔に告げた。


「ル、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。これからあなたのご主人様になる者の名前よ。しっかり覚えておきなさい、ダンケ。いいわね!?」


「…………」


 ダンケは小さく頷くと、再び視線を空に預ける。


 彼のその視線の先には一体何が映っているのか……。


 また一つ、ルイズの胸に使い魔に対する好奇心の灯火が息づく


 そう、これが彼女―――「ゼロのルイズ」とその使い魔「ダンケ」の始点だった。

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この記事のコメント
おー、これは原作とは違う展開になる予感。
この主人公相手なら、犬呼ばわりとか折檻はなさそう。

でも他の女性との関係も気になります。
2007-06-09 Sat 19:56 | URL | ルミナス #-[ 内容変更]
勘違いもの、実は初めて読むジャンルです。
なるほど、こういった物なんですね!なんで今まで読まなかったんだろう―って思うぐらいに面白く、続きに期待です。
更新頑張って下さい!
2007-06-10 Sun 23:32 | URL | ガリレオ #KGAhWzec[ 内容変更]
おー、拍手SSの続きが連載されてる~
流行の勘違い系という奴ですね。面白かったです

でも、キュルケは普通にドイツ人なので、ダンケで通じると思うの。翻訳魔法もかかってるはずだし、ちょっと疑問に感じました。
2007-06-12 Tue 00:05 | URL | らな #PJJMMeKg[ 内容変更]
まちがいない!
マスラヲきたーーーー
2008-08-24 Sun 12:53 | URL | うに #-[ 内容変更]
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