ネクオロでした
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零の使い魔。 第六話
2007-10-24 Wed 19:22
貴族もピンキリなんだぁと改めて実感したよ、ホントに。
あと世界が違ってもトイ―――もといあの場所だけは変わらないみたいだな。マジで良かった……いや、よくはないか。
そもそも―――まだ入れてないしな。

                                                 <ダンケ>


……臭う。

                                              <青い髪の少女>
 

                    零の使い魔 第六話 ~光~


 ……食事を食べ損ねた。
 もう、これだけで今の俺の心情はわかってもらえたと思う。
 あとついでにナイフを拾った。
 物騒な方じゃなく、食事に使う方のナイフだ。
 それを持ってウロウロしていると、親切な人が食堂の場所を教えてくれた。
 急いでいたらしく、礼を言う前に慌てて走り去ってしまったが。
 そして迷いに迷って、やっとの想いで直接食堂に行ったけど駄目だった。
 と言うか、使い魔はそもそも「あるヴぃ~ず」の食堂には入れないらしい。
 中に入ろうと思った途端、何だか偉そうな貴族に怒鳴られたのである。
 金色の巻き髪に、フリルのついたワイシャツ(?)を着た気障っぽい少年に。
 胸ポケットに薔薇を挿しているその少年は、ローブの色を見る限りルイズと同じ学年らしい。
「ふっ、これだから粗暴な輩は困る。君があの『ゼロ』のルイズが召喚したという平民だろ?」
「……ああ」
 その通りなので、縦に首を振る。
 なお、食事用とは言えナイフを持ち歩くのもどうかと思い直し、あれはベルトに挟み込んである。
 それは兎も角として……もう放って置いてほしい。
 ただでさえ空腹で辛いのに、こんなお頭の可愛そうな子を相手にしたくない。
 薔薇を胸に挿すのは貴族だからまだわかる。
 ただもう一本の薔薇を口に咥えるのはやめてほしい、正直正視に耐えない。
「口の利き方がなっていないね。僕は君が罪を犯すのを止めてあげたのだよ。由緒正しき『アルヴィーズの食堂』に使い魔の、しかも平民の君が入るという大罪をね!」
 自惚れやの俳優のように仰々しい仕草を経て、俺を指差す巻き髪少年。
 いつの間にか集まっていたギャラリーが「いいぞいいぞ!」と煽り始める。
「だがっ! 僕は心の広い誇り高い貴族だ! 特別に君の非礼を許そうじゃないか!」
「…………」
 心の広さと誇り高さ。
 まったく関係ないような気もするが、突っ込んだりはしない。
 わざわざ衆人環視の前で恥をかかせる必要もないだろう。
 武士の情けという奴である。
 いや、この場合は「使い魔の情け」……になるのか?
 自分にしか聞こえないほどの音量で腹がくぅと鳴る。
 ここにいると食堂から漂ってくるいい匂いが嫌でも鼻についてしまう。
 蛇の生殺し、とはまさにこのことか。
 ルイズの部屋に戻るため、クルリと少年に背を向ける。
 ……あぁ、歩くのも億劫だ。
 いっそのこと、そこいらに自生している草でも食べちゃおうか?
 上の空で歩き出そうとした矢先、爪先に何かがコツンと当たった。
 すわ食べ物か!? と思い拾い上げる。
 悲しいことに、それは紫色の液体が入った小瓶だった。
 匂いからして香水のようだ。
 容器も高価そうだし、結構な代物なのかもしれないが……腹は膨れない。
「あっ」
巻き髪少年が目を見開きながら、俺の手の中の小瓶を指差していた。
 どうやら、これは彼の落し物のようだ。
 貴族が自分の体臭を誤魔化すために香水を持ち歩くという話は、俺でも本か何かで読んだことがある。
「…………」
 無言で差し出すが、何故か少年は目を逸らした。
 その顔には大きく「しまった!?」と書いてある。
 空腹なため少し苛立っていた俺は、彼の腕に押しつけるようにして小瓶を渡す。
 そしてそのまま帰ろうと思った時、ギャラリーを割るようにして一人の少女が飛び出した。
 その後のことは詳しく覚えていない。
 モンブランは特殊な人にしか香水を渡さないとか、私のことは遊びだったとか、その薔薇のような顔を怒りで歪めるなとか言っていたような気がするが、空腹の時に香水の匂いを嗅いでしまった俺は気持ち悪くてそれどころじゃなかった。
 ヨロヨロと歩き出す俺。
「君、待ちたまえ」
 そんな俺を引き止めたのは、あの巻き髪少年だった。
 俺が朦朧としている間に何があったのか、その頬には二つの紅葉が咲いている。
 あと、かなり香水臭い。
 今の俺は彼が側にいるだけでダメージを受けてしまう。
「君が軽率に香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
「……知るか」
 いつもなら穏やかに言葉を返す俺だが、今はそんな余裕などなかった。
 と言うか、一刻も早くトイレに駆け込みたいのである。
 吐き気を催すから寄らないでくれと手を振れば、少年の顔が真っ赤に染まった。
「くっ! いいだろう。君に貴族に対する礼儀というものを教えてやろう」
 胸ポケットの薔薇を手に取り、それで俺を指し示す少年。
 それを煽るのは、さっきよりも微妙に人数の減っているギャラリーたち。
 つか、彼らはこの咽るような匂いを何とも思わないのか?
 いくら香水でも、多量に用いればただの悪臭に成り下がると言うのに。
 ……いてて、頭痛までしてきた。
 半ば無意識の内に、コメカミを押さえて揉み解す。
 視線を上げると、少年の顔は一層赤くなっていた。
「き、君に決闘を申し込む! ヴェストリの広場で先に待っているぞ! 主人と違って能無しじゃないところをせいぜい僕に見せてくれたまえ!」
 ヒステリック気味に叫び、少年は俺を睨みつける。
 まったく……これが俗に言う反抗期というやつか。
 カッとなってやった、今は反省している……みたいな。
 だが、生憎、俺は彼に関わっている余裕がない。
 こうしている間にも、リバースを食い止めるために孤軍奮闘しているのだから。
 当然、少年の話も八割方シカトである。
 どうしようかと悩んでいる俺の目に映ったのは、今渇望して止まない場所だった。
 即ち……トイレ。
 位置関係は少年の斜め後ろか……灯台下暗しとはこのことだな。
 兎に角、あのオアシスに駆け込もうと前に足を進める。
「ひ―――っ!? ひ、卑怯だぞっ!? ヴェストリの広場だと言っただろう!?」
「こっちの方が……手っ取り早い」
 平民はその何とか広場にあるトイレを使えと言っているんだろう。
 わかった、今度からはそうする。
 だから、今は黙ってそこのトイレを使わせてください。
 ところが、この少年はどうやら相当風紀に煩い人種だったようだ。
 トイレの扉を背中で覆い隠すようにして、俺の前に立ちはだかっている。
 貴族制度の弊害がまさかこのような形で出ようとは……な。
 などとカッコつけてみたものの、俺が限界だという事実に変わりはない。
 已むを得ん、こうなったら実力行使だ!
 周囲から何故か悲鳴があがったような気がしたが、きっと幻聴だろう。
 そう思った矢先、俺の体を見えない何かが拘束した。
 室内なのにも関わらず、耳元で風が呻り声をあげている。
 ……生まれて初めてカマイタチに遭遇した瞬間だった。
 驚くのも通り越して呆れてしまう。
 神は俺にトイレの使用許可すらくれないのだろうか?
 動かないのは体のみ、首は何とか動く。
 楽園はすぐそこにあると言うのに……カマイタチめ、なんて外道……っ!
「ダメ」
 背後から淡々とした声が聞こえたのはその時だった。
 首を動かして後ろを窺う。
 ……ありゃ、君はいつぞやの読書好きな女の子じゃないか。
 小柄だが、青いショートカットに眼鏡の似合う少女だ。
 今日は本の代わりに大きな棒……いや、あそこまでいくと杖になるな。
 兎に角、自分の身長よりも長い杖を持っている。
 そう言えば、あの禿の先生も持っていたっけ。
 ドイツでは流行っているのかもしれないな、染色と一緒で。
 ―――って、何を悠長に解説などしているんだ俺は!?
 軽く体を揺すってみるが、カマイタチの拘束はびくともしない。
 一方、俺はそろそろ限界だった。
 詳しい詳細は省くが、もう持たないとだけ言えばわかると思う。
「き、君は確か……。い、いや、それよりもよくやってくれた! まったく困ったものだな、下賤な輩は! 決闘のルールすら知らないなんて!」
 額の汗を拭いながら、風紀の少年が言う。
 それにしても今、彼は妙なことを言ってなかったか?
 少年は俺の背後に視線を向けながら、「よくやってくれた」と言った。
 その方向にいるのはあの眼鏡っ娘ただ一人。
 これが意味するのは、え~っと……。
「君が……やったのか?」
「……(コクリ)」
 俺の問いかけに頷いて答える少女。
 ……なるほど。
 非力な女性の力でも暴漢を取り押さえられるように開発された、スタンガンやら防犯ブザーの未来発展系秘密道具(のような物)を彼女は所有していると言うことか。
 となると、怪しいのはあの大きな杖だ。
 あれだけの長さを誇る杖ならば、風をコントロールして対象を拘束する装置が内蔵してあったとしても不思議はない。
 何たって、ここは靴の裏に飛行装置を仕込むようなお国なんだから。
「外して……くれないか?」
「ダメ」
 頼んで見たが、にべもなく拒絶されてしまう。
 どうやら彼女も風紀委員会の一員みたいだ。
 見た目真面目そうだし、巻き髪少年よりはずっと風紀委員っぽい。
「汚い……真似はしない。……すぐに終わらせる」
 大丈夫、汚したりはしないから……ね?
 という意味合いの視線を送るが、再びダメと首を横に振られてしまった。
 ……や、やばい……さすがにそろそろ本気でやばい。
 反応が微量過ぎて大半の人は気づかないだろう。
 今、俺の体は小刻みに震えていた。
 無論、限界を突き抜けた結果である。
 すると何を思ったのか、少女は俺の前面に回り込んだ。
 身長の違いから彼女は俺を見上げながら、ぼそりと呟いた。
「あなたの主人に迷惑がかかる」
 ……うっ。
 それは駄目だ、ダメ絶対。
 居候しているだけでも迷惑をかけているのに、これ以上彼女に負担を強いるわけにはいかない。
 トイレの使用一つでここまで大事にするのもどうかとは思うけど、それがこの国のルールなら従うしかないだろう。
 郷に入れば郷に従え、とは昔の人もうまいこと言ったものだ。
「……わかった」
 俺に抵抗の意思がないことを悟ったのか、少女が杖を振ると見えない拘束から解放された。
 ……いいなぁ、あれ。
 っと、そんなこと言っている場合じゃなかった。
「……少年、その広場とやらに……案内しろ」
 さすがに女の子に男子トイレの場所を案内させるのは気が引ける。
 そう思って、巻き髪風紀に声をかけたのだが……。
 ところが、反応を返したのは少女の方だった。
「……こっち。ついてきて」
「……ああ」
 折角、自ら進んで案内してくれると言っているのに、それを無下にできるほど俺は人間を捨てていない。
 恥ずかしい気持ちもあるが……まあ、無事にトイレに行けるだけ良しとしよう。
「ごめんなさい」
 歩いていると、突然眼鏡っ娘が謝罪の言葉を口にした。
 一瞬、「こういう時、どんな顔をすればいいかわからないの」と続けようになってしまったのは内緒だ。
 何について謝ったのかを推測するのは簡単だった。
 だから俺はこう言葉を返す。
「……気にしなくていい。君は……当然のことをしたまでだ」
 香水臭い少年と離れたことで、ある程度吐き気は軽減されている。
 この様子なら、あと十分ぐらいは我慢できるだろう。
 それにしても、本当にこの学院には優しい女の子が多いなぁ。
 風紀委員の職務として、ルールを破ろうとした者を注意するのは当然のことだ。
 なのにも関わらず、この少女は俺に謝罪した。
 本来なら謝るのは俺の方だと言うのに……心が澄んでいる。
「あなたなら勝てると信じてる」
 ……勝てる?
 少女の言葉の意味が掴めず、胸中で首を傾げる。
 ……ああ、吐き気にか。掌握した。
 また妙な言い回しを使うものだ。
 機械を魔法と言ったり、拉致被害者を使い魔と言ったり……って、後者は俺が特別なケースだからだっけ。
 兎に角、そういうことならば俺は彼女の目を見つめて、こう言葉を返すとしよう。
「……無論。そう易々と……恥は晒せん」
 衆人環視の前でリバース。
 ……うん。生きていく自信がなくなるだろうね。
 その光景を想像して、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「加減はしてあげて」
 ……吐き気に?
 そ、そいつはちょっと難しいかなぁ……。
 そもそも、生理的な欲求に手加減なんてできるんだろうか?
 何だかこの娘と会話が食い違っているような気がしてならない。
 密かに悩んでいると、覗き込むような形で少女と目が合った。
 それだけで純情なお兄さんのハートはもう爆発寸前だ。
 と、とりあえず、吐き気だと断定して答えておこう。
「善処は……しよう」



                        第六話 ~闇(タバサSide)~



 『雪風』の二つ名を持つメイジの少女、タバサの耳に歓声が届いたのは彼女が朝食を食べ終えた丁度あとのことだった。
 いつもならシカトして自室にて読書に励むところ。
 しかし、今日に限って何故か興味を惹かれ、彼女は同年代と比べても小柄な体を人の垣根の中に忍び込ませた。
 擬音を当てるなら「んしょ、んしょ」という感じで人の波を掻き分け、タバサは前線に躍り出る。
「―――っ!」
 そして彼女は目の前に広がる光景に、思わず息を呑んだ。
 対峙する二人の人物。
 一人は全く以って見覚えのない人物だったが、もう一人が彼女の記憶に鮮烈な印象を与えた人物だったからだ。
 彼の者の名はダンケ。
 『ゼロ』という蔑称で呼ばれているメイジが召喚した、謎多き黒衣の使い魔である。
「君が軽率に香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
 胸に薔薇を挿した貴族が苛立たしげにダンケに言う。
 だが、とうの彼は相手にするのも億劫だと言うように軽く手を振りながら告げた。
「……知るか」
 確かにその通りだとタバサは思った。
 金髪メイジの両頬には平手打ちされた痕がありありと残っている。
 それで大まかな事件のあらましを把握した少女は、ダンケに同情の視線を送った。
 先ほどから貴族の彼からやけに鼻につく臭いが漂ってくるのは、香水か何かを頭にかけられたからだろう。
(臭い……)
 タバサは常人には気づかない範囲で顔を顰めた。
 呪文を紡いで手にしていた杖を振り、観客と化している他のメイジ同様に薄い障壁を張って臭いを遮断する。
 悪臭の発生源と他の誰よりも近い位置にいるだろう青年は、しかし顔色一つ変えていなかった。
 日頃から精神を鍛えているのだろう。
 それでも身に覚えのない怒りを向けられれば、誰だって腹が立つ。
 前髪に隠された彼の眼差しが、刻一刻と険しくなっているのがその証拠だ。
「くっ! いいだろう。君に貴族に対する礼儀というものを教えてやろう」
 胸ポケットから薔薇を取り出す貴族。
 それと同時に、ダンケの眼差しがより一層厳しいものへと変化した。
 今までは子供のお遊びだから仕方なく相手をしてやっていた彼が、あの愚かな貴族が武器を手にしたことで意識を戦闘用に切り替えたのだ。
 青年から発せられる独特の空気を感じ取った数人のメイジが、顔を青くして足早にその場から立ち去っていく。
 外套の色を見る限り、その大半は三年生のようだ。
 まだ本格的な戦いを知らない一年、そして二年のメイジたちは娯楽の一つとして目の前の光景を受け入れているらしい。
 平和ボケしている後輩と同級生に、タバサは密かに呆れていた。
 そして、それはどうやらダンケ彼女と同じ心境らしかった。
 青年は何かを嘆くように、自分のコメカミを押さえている。
 もしかしたらあの貴族に実力の差を推し量らせるため、わざと殺気を放ったのかもしれない。
「き、君に決闘を申し込む! ヴェストリの広場で先に待っているぞ! 主人と違って能無しじゃないところをせいぜい僕に見せてくれたまえ!」
 しかし相手はダンケの眼光にたじろぐものの、辛うじて戦意を保っているようだ。
 馬鹿にされていると思ったのだろうか。
 自身を鼓舞するためか、やたらと仰々しい仕草が目立つ。
 一方、ダンケはメイジが「主人」と口にした途端、視線をより鋭くさせた。
 今まで拡散していた殺気が、愚かな貴族一人に集中する。
 これにはさすがの鈍感メイジも危険を感じたらしい。
 見えない何かに圧されるように、ジリジリと後退していく。
 それを追うように青年が一歩踏み出す。
 直後、貴族の少年の口から弱々しい叫びが飛び出した。
「ひ―――っ!? ひ、卑怯だぞっ!? ヴェストリの広場だと言っただろう!?」
「こっちの方が……手っ取り早い」
 答えるダンケの声音は、氷の刃を連想させるほどに冷たい鋭さを帯びている。
 ギャラリーにざわめきが広がる。
 そんな中、ただ一人タバサだけは冷静に青年の行動を見つめていた。
 貴族たちが困惑しているのは、ダンケが指定された場所に向かおうとせず、この場でケリをつけようとしているからだろう。
 しかし決闘を申し込み、場所を指定するという貴族の戦闘法はあまりに稚拙な代物だ。
 実際の戦場では礼儀など無いに等しく、誰もが武勲を挙げることしか考えていない。
 訳あってタバサは若干十五歳でありながら、過酷な任務を幾つも経験していた。
 故に、彼女は貴族でありながら、ダンケの意見に賛同していた。
 だが……。
 タバサはしばし黙考する。
 そしてある決意を固めて彼女が視線を上げた時、メイジはダンケに追い詰められたところだった。
 手早く呪文を詠唱し、魔法で風の鎖を編み上げる。
 抵抗されると思ったが、意外にあっさりとダンケはタバサの魔法で拘束された。
「ダメ」
 フルフルと首を左右に振りながら言う。
 ダンケは首を動かして後ろを向き、そんな彼女を興味深そうに眺めている。
 青年の体躯に隠れるようにしてあの貴族が何か言っていた。
 だが生憎、風の魔法の効果で彼の声はタバサまで届かない。
 まあ、仮に届いたところで無視していたのだが。
「君が……やったのか?」
「……(コクリ)」
 別に隠す必要もないので素直に頷く。
 どうせもうバレているだろう。
 問いかけたダンケの視線は、真っ直ぐタバサの杖に向けられていた。
 平民が魔法を扱う貴族に勝つ一番手っ取り早い方法は、杖を奪うことである。
 杖を失った時点でメイジはただの人間へと成り下がる。
 こうなった場合、普段魔法に頼り切っているメイジと、常に自身の肉体を行使している平民では後者にパワーバランスが傾くのだ。
 実際、昨日のダンケはメイジを制するのに杖を奪っている。
 意識をメイジの杖に瞬時に集中させた青年を目の当たりにして、あらためてタバサは思った。
 やはり、彼は対メイジ戦に特化した存在なのだと。
 ダンケに魔法を解いてくれと頼まれるが、タバサは否定の答えを返した。
「汚い……真似はしない。……すぐに終わらせる」
 使い魔の青年は今一度少女に頼み込む。
 確かに彼の実力を持ってすれば、一瞬で片がつく筈だ。
 いや、仮にタバサが横槍を入れなかったら、既に勝敗は決していただろう。
 だがしかし、彼女の返答は前と同じ否定だった。
 自分に彼の怒りの矛先が向けられることも想定していたが、タバサに戦闘の意思がないことを見抜いているのだろうか。
 青年が少女に殺気を向けることはなかった。
 今が好機だと感じたタバサは早々に切り札を切ることにした。
 講師も頻繁に使用するこの場所でこれ以上揉め事を起こすのは、あの貴族は兎も角使い魔の青年には荷が重いだろうと思ったからである。
 一介の使い魔が貴族に牙を剥き、あまつさえ傷つけた。
 その相手が平民ならば、更にダンケの風当たりは厳しくなる。
 最悪、学院側も重い腰をあげるかもしれない。
 そうなってしまえば、いくらダンケが高い戦闘能力を有していようが消されるのは確実だろう。
 個はどう足掻いても群には勝てない。
 これは兵法の基本中の基本である。
 元々タバサが横槍を入れたのは決闘を止めるためでも、ましてや知り合いでもないメイジの窮地を救うためでもない。
 強いて言うなら……あの使い魔の存在が彼女の興味を惹いたから、だろうか。
 彼の主人であるルイズは魔法の才能は兎も角、貴族としては一流の名を告いでいる。
 しかしながら、彼女の家がいくら娘の使い魔だからと言ってダンケを擁護する側に回るとは到底思えなかった。
 むしろ、家の名を汚した「平民」の使い魔を、この機会に処分しようと考える方が自然だ。
 仮にこの場面をタバサの自称・親友のキュルケ嬢が見ていたら、腰を抜かさんばかりに驚いていたことだろう。
 基本的に他者と関わり合いを持とうとしない少女が、誰に頼まれることもなく自主的に第三者を助力しているのだから。
 タバサが青年の顔を直視できるよう、正面に回り込む。
 そして彼女は小さく息を吸い込むと、切り札を口にした。
「あなたの主人に迷惑がかかる」
「…………」
 側にいたタバサだけが辛うじて視認できるレベルで、青年の表情が変化する。
 彼女の真意を推し量るように、その双眸が僅かに細められた。
 剣呑な光こそ宿っていないが、その心を見透かすような視線に少女は身を固くした。
 しかし、タバサは目を逸らさない。
 互いの視線が交差すること数秒。
 先に折れたのはダンケの方だった。
「……わかった」
 小さく息を吐く青年。
 それと同時に張り詰めていた空気が、若干穏やかなものに変化する。
 ギャラリーから思わず安堵の声が漏れた。
 タバサが魔法の戒めを解く。
 首を軽く回すと、ダンケは困惑している少年に声をかけた。
「……少年、その広場とやらに……案内しろ」
 反論する意思を根こそぎ奪うような、静かだが冷たい声音。
 その声に中てられたのか、メイジは口をパクパクさせるだけで何も言わない。
 大方、あの貴族は決闘を申し込んだことを死ぬほど後悔しているに違いない。
 仕方なく、タバサは自分が案内することにした。
「……こっち。ついてきて」
「……ああ」
 タバサの少し後ろをダンケが歩く。
 あのメイジが決闘場として指名したのはヴェストリの広場。
 学院を構成する五つの塔の内、『風』と『火』の塔の間にある中庭がそれだった。
 無言で歩を進める少女と青年。
 紛いなりにもこれからメイジと決闘すると言うのに、ダンケはまるで食堂にでも行くかの如く何の気負いも感じていないようだった。
 ただ若干、ほんの僅かにだが彼のまとっている雰囲気が硬いのにタバサは気づく。
 双方ともに口数が少ないからか、何か通じるところがあるのかもしれない。
 ダンケが不機嫌な理由を考え、タバサは一つの推測に辿り着いた。
 彼はあの場ですぐにケリをつけたかったのだろう、と。
 それが自分のせいでお流れとなり、しかも余人の目が集まる決闘という形で雌雄を決することになってしまった。
 明らかに格下の相手と決闘。
 要するに時間の無駄。
 なるほど、確かにこれなら立腹するのもわかる。
 大切な読書の時間をそんなくだらないことで削られれば、自分もきっと怒りを覚える。
 だからタバサは謝罪の言葉を口にした。
 彼女にとって時間は、絶対に取り戻すことのできないとても大切なものだから。
 しかし、予想に反してダンケの返事はとても穏やかなものだった。
「……気にしなくていい。君は……当然のことをしたまでだ」
 見上げた視界に映る青年の瞳に、怒りの色は露ほどもなかった。
 自分でも気づかぬ内に、彼の言葉に安堵していたのだろうか。
 気づけばタバサはいつもの無表情で、
「あなたなら勝てると信じてる」
 と、当然のことを口にしていた。
 ダンケとあの貴族の少年との実力差は明白。
 彼が負ける可能性など、それこそ万に一つもないと言うのにも関わらずだ。
 少し恥ずかしくなった少女は顔を伏せてしまう。
「……無論。そう易々と……恥は晒せん」
 そんな彼女の頭に振ってきたのは、この青年には珍しいだろう自負の言葉。
 驚いて顔をあげると、ダンケは軽く口許を歪めていた。
 表情を作ることに慣れていないのか、少しぎこちない青年の苦笑。
 どうやら、彼なりにフォローしようとしてくれたらしい。
「加減はしてあげて」
 口調に微かにからかいの色を混ぜ、タバサが言う。
 しかし今度は真面目な話だと捉えたのか、青年は何かを考え込むように口を閉ざしてしまう。
 自分以上に感情の扱いが苦手なダンケに、タバサは胸中で苦笑した。
 思い返せば、こうやって自分が笑顔を浮かべるのは随分久しい気がすると考えながら。
 一方、ダンケはおそらく本当に真剣に悩んでいたのだろう。
 寄せられた眉根には、微かにだが皺が寄っている。
 自分なりに精一杯手加減したつもりだったのに、あれでもまだ足りなかったのかと。
 しばし間が空き、彼の口から実に彼らしい言葉が飛び出すことになる。
 青年は僅かに眉根を顰め、困惑した様子ながらもこう口にした。
「善処は……しよう」
 それは搾り出すような声音だった。
 とてもじゃないが、先ほど言葉だけで相手を威圧していた者と同一人物だとは思えない。
 タバサはダンケが気づかないほど、小さくクスリと笑みを零した。



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この記事のコメント
周りとのギャップに笑いが止まらなくなってまいりました。続きを楽しみにしております
2007-10-24 Wed 23:51 | URL | 愚者 #-[ 内容変更]
更新お待ちしておりました。
ネクオロ様、更新ありがとうございます。
ダンケ君とタバサ嬢の息がピッタリと合っているようで合っていない所が面白かったです。ただ、タバサ嬢はダンケ君にかなり興味を抱いているようなので後々ルイズ嬢との関係に影響を及ぼすのではないかと推察したり、今後のストーリーがどう変貌していくのか楽しみです。
2007-10-25 Thu 04:33 | URL | ten #wLMIWoss[ 内容変更]
勘違いってすばらしい
思考のすれ違いが激しく、見ていて先が予想できません。
ダンケ君の天然というか思い込みというか、ともかく常人のそれを超過している気もしますが、そこがまた良いですね。
この温度差のまま、最後までつっぱしってもらいたいものです。
続きまってます!
2007-10-25 Thu 17:43 | URL | 即興 #-[ 内容変更]
初めてコメントさせてもらいます、とても面白い!毎回ニヤニヤさせてもらっています、勘違いでここまで噛み合うダンケに愛すら感じる今日この頃、ご自分のペースでいいので頑張って下さい!更新期待しています。
2007-10-25 Thu 20:25 | URL | 一意 #-[ 内容変更]
待ちに待ったです。
決闘だぁ!!
戦う前から圧倒的な主人公。
勘違い=運=実力の方程式、最高。
2007-10-26 Fri 08:07 | URL | #-[ 内容変更]
いつも楽しみにしてます
何時見てもこのギャップに悶えてしまいます。
次回のキーポイントは3文字のアレだと予想と期待をしていたりします。
続きがとても気になりますが、ご自分のペースで頑張ってください。応援してます。
2007-10-27 Sat 00:53 | URL | ルーファ #4PWoEP6s[ 内容変更]
感想!?
とりあえず勘違いとか意図の違いとか、
そんな物は全て置いておいてタバサ嬢が可愛い訳なのですが!!
ダンケ君も良いけど有能で物を考えすぎるが故に結局勘違いしてるタバサ嬢が可愛いです。
他にも色々タバサ嬢が可愛いです。
2007-10-31 Wed 19:25 | URL | カタカナ #d44vb1iY[ 内容変更]
や、なんか色々楽しいんですが
勘違い大好きです!なかなか上手く書かれていて引き込まれますね。
タバサ嬢やら、フーケさんやらが目一杯勘違いしてくれて面白い!!
次回も楽しみに待ってます!
2007-11-19 Mon 10:55 | URL | タンケ #/t70e1rI[ 内容変更]
個はどう足掻いても郡には勝てない
         ↓
個はどう足掻いても群には勝てない
2008-07-10 Thu 13:56 | URL | 誤字報告? #-[ 内容変更]
誤字報告
×掌握
○把握
2009-04-05 Sun 13:10 | URL | seeker #-[ 内容変更]
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