ネクオロでした
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リリ勘。第十二話。
2009-05-31 Sun 01:32
ダンケが言葉足らずで相手を勘違いさせるのなら、大樹は行動で相手を勘違いさせる人間なのでしょう。

いや、どちらにしろ、本質が周りに伝わっていない点は同じですが。
第十二話  カッコよく決めた反動が来たらしい……なの? 最速の騎士と白の魔法少女


 タイトルが全てを物語っています、はい。
 前回、キャラに似合わないことを見事にやってのけた大樹は海に沈んだ。
 幸いにもアースラクルーによって早期に救出された彼だったが、当然ながら怪我は深かった。
 それでも悪運が強い大樹はなんとか意識を取り戻し、無事に現世への回帰を果たす。
 意識回復までの所有日数は六日と十七時間。
 早いのか遅いのか、微妙に悩む数字であった。
「また……死に損なってしまったか」
 ギブスに覆われた両手に視線を落としながら、自嘲気味に呟く大樹。
 無論、演技である。
 マジでそんなカッコいい台詞を吐けるほど、彼は精神を病んではいない。
 麻酔の効果か魔法の効果か、さして痛みを感じないのをいいことに悲劇の英雄ぶる馬鹿。
 死にそうになったのに随分と余裕だなと言われればそれまでだが、幸いなことに大樹には意識を失う直前と直後の記憶が欠けていた。
 彼からすれば、目が覚めたらギブスで雁字搦めにされていたのである。
 わけがわからず、とりあえずカッコいい台詞を口にしてしまってもおかしくは……おかしいな、明らかに。
 雷に打たれると同時に、頭の螺子も数本喪失してしまったのかもしれない。
 ちなみに彼がいるのは真っ白い病室―――ではなく、グオングオンと怪しげな機械が蠢く一室。
 手術台とどこか似通った風貌を持つ器具に寝かされた大樹は、胸中で首を傾げた。
 ギブスで首を固定されているために、実際に首を傾げることが出来なかったためだ。
「あれ、ココどこだ?」
 気づくのが遅い。
 状態的に正面しか見据えることが出来ず、金属バリバリの壁をただ見つめ続ける。
 不意に、空気が抜ける音と扉が開く音が同時に彼の耳朶を打った。
 ただ、いまの彼はそちらを見ることが出来ない。
 どうしたものかと悩んでいると、訪問者の方がご丁寧にも彼の視界に入って来てくれた。
 白い制服に身を包んだ少女―――高町なのはだ。
「お、なのはちゃん、無事だったみたいだな。よかった」
 傍から見る限りでは、少女の体に包帯や絆創膏などといった治療の跡は見受けられない。
 自分がなにをしたかは具体的に覚えていない大樹だが、彼女たちを守ろうとなにかしようとしたことだけは辛うじて記憶に残っていた。
 よかった、よかったと馬鹿みたいに繰り返す大樹に、なのはは立ち尽くしたまま動こうとしない。
 違う角度から見れば、彼女がその小さな両拳を固く握り締めて肩を戦慄かせていることに気づくことが出来ただろう。
 ツーと少女の頬を涙の筋が伝っていく。
 このときになって初めて、大樹は目の前の少女の様子がおかしいことに気がついた。
「な、なのはちゃん……?」
 俺、なにかまずいこと言ったっけ……と、罰が悪そうに眉根を寄せる大樹。
 彼がこの少女の涙を目にするのは、これが初めてだった。
 泣きそうな場面に出くわしたことはあったものの、なのははその全てを堪え切っていた。
 いくら無骨なヴァイザーに隠れていたとはいえ、なにかある度に号泣していた大樹とは大違いである。
 どうにかしようとはするものの、大樹の手は物理的に拘束されているので動かない。
 その間もなのははポロポロと涙を零し続けている。
 いたいけな少女を苛めて泣かせた怪しい男という構図が、一瞬で出来上がった。
「い、いや、お願いだから泣き止んで!? このままじゃ色々とまずいことになるからさ!? あ、ああ、俺のズボンのポケットに飴が入っている筈だからそれを―――って、いかん! 俺いま寝巻きっぽいのに着替えさせられとるっ!?」
 やばいまずいと大樹が連呼する。
 泣かれるのはまずい、自分が泣くのはいいが、第三者―――特に女の子に泣かれるのはまずい。
 捕まる。何にかはわからないが、兎に角捕まってしまう。
 アタフタしている大樹をよそに、なのはが嗚咽混じりに言葉を発する。
「どうして……どうして無茶ばっかりするんですか……? 私、すごく……すごく心配したんですよ!? このまま目を覚まさなかったらどうしよう、もうお話出来なくなったらどうしようって……。もうこんな気持ち、お父さんのときだけで十分だったのに……っ!」
「な、なのはちゃん……」
 言葉が途切れ途切れだったり、言葉尻が小さくなっていったりして聞き逃した部分もあったが、彼女が自分のことを心の底から心配してくれたのはしっかりと伝わってきた。
 それにどうにか応え―――そして泣き止んでもらおうと体を揺り動かす。
 響いたのは、ガツンという短い金属音。
 右腕のギブスを固定していた金具がいまので外れたらしい。
(ま、まあ、痛みを感じないから大丈夫だよな……だよな?)
 これ幸いにと右腕を伸ばし、両手で顔を覆う少女の頭に手を乗せる。
 こういうのはどこぞの心に深い傷を持った銀髪やら金髪やら赤目やら蒼目の役目じゃないかとメタなことを考えながら、大樹は困った風に眉根を寄せる。
 なのはの目にはその様が、自分をなんとかして慰めようと言葉を選んでいるように映った。
 ただ実際は、彼女の頭の上に置いた状態で手が攣ってしまい、困惑している顔だったりする。
 死にかけたとはいえ、やはり彼の誤解され易い性格はそう簡単には変わらなかった……。
「…………」
「…………」
 沈黙のみが場を支配する。
 いつまで撫で続ければいいのか―――と大樹が真剣に悩み始めた頃、俯いたままだったなのはが顔を上げた。
 その涙で塗れた瞳には、怪我が治りきっていないのにも関わらずナデナデしたことによる反動で激痛に襲われている馬鹿の姿が映りこんでいる。
 その様を、なのはは自分を悲しませてしまったことに対する苦渋の表情と捉えた……捉えてしまった。
 確かに大樹がなのはのことを心配しているのは事実だったが、今は間違いなく我が身かわいさで苦しんでいる。
 というより、現時点の彼に少女のことを考える余裕などない。
 おぉぉぉぉと怨嗟の様な声をあげる大樹のギブスに包まれた手に、なのはがそっと触れる。
 それは無意識から出た行動だったが、痛みを感じて敏感になっているところに追撃をかけられた形の大樹としては溜まったもんじゃない。
 そこまでなのはは怒っているのかと、激痛に喘ぐ中で戦々恐々としていた。
 知らず、彼の心の中に少女に対する根源的な苦手意識が刻まれる。
 一方、自分が追撃を行っていると露ほどにも思っていない少女は、またしても誤解の輪を着実に広げていたりする。
どうしてこの人はこんなに〝人〟に優しくなれるのだろうと、誰よりも優しい心を持っている少女は思った。
 自分が傷付くことも顧みず、自身の体を盾と使うことも厭わないこの青年が、なのはの目にはひどく眩しく、そしてなにより悲しく映った。
 それが全て誤解だと判れば、どれほど幸せだっただろうか。
 しかし現実は時として非情なものであり、事実としてなのはは大樹の本質を勘違いしたままである。
 なのはがギブスから手を離す。
 ほっとしたように息を漏らす大樹。
 胸中では、やっと許してくれたのか、なのはちゃんは! と歓喜のパレードの真っ最中である。
 そして少女は青年の行動を、自分が泣き止んで安堵していると受け取った。
(……気まずい、沈黙が気まずい。また泣かれるわけにもいかないし……参った。なにか話を変えるいいネタはないかいいネタは!?)
 稼動域の限られている首を必死に動かす。
 目に付いたのは、ベッド―――もとい治療台の脇のテーブルの上に置かれた灰色の宝珠だった。
 いやまあ、大樹にとっては宝珠でもなんでもない、ただの傍迷惑な玉なのだが。
「お前は大丈夫なのか、ガルウイング」
 返事が返ってこないでも別にいいかな、と、胸中で少し黒いことを考える大樹。
 だが彼の願いとは裏腹に、灰色の宝珠はいとも容易くピカピカと明滅してみせた。
『心配には及びません。マスターが意識を失っていた間に損傷した本体は修復が完了しています。これでも一応はロストロギアですから、それぐらいのことは朝飯前です』
 どこか誇らしげに語る自称・相棒に、大樹は苦笑を浮かべる。
 舌打ちをしようかと一瞬悩んでしまったが、隣になのはがいるので自重した。
 さすがにこれ以上、彼女の(大樹主観)好感度を下げるのは避けたかった。
 それにしてもガルウイングの発言に一部不穏当なものが混ざっていたような……。
 それに最初に気が付いたのは、なのはだった。
 目を驚きに見開き、灰色の宝珠を指差す。
「にゃあっ!? ガルウイングさんってロストロギアだったんですか!?」
「あー……ロストロギアってなんだっけ? なんか物騒な物だってことは覚えているんだけどさ」
 ―――〝Lost Logia〟。
 過去に滅んだ超高度文明から流出した、特に発達した魔法や技術の塊のことを指し示す。
 なのはが魔導に関わるキッカケとなったジュエルシードもこのロストロギアであり、それがいくつか集まると次元震すら起こすことが可能なほどの力を秘めた太古の遺産。
 あろうことか自身もその一つとであるとガルウイングは言った。
 ジュエルシードに関わり、小さいとは言え次元震に巻き込まれたこともあるなのはの驚きは正常なものだ。
 おかしいのは、のほほんと構えている大樹の方である。
 この男、ジュエルシード=ロストロギアだと未だ頭の中で完全には結び付いていないのであった。
 だいいち、ガルウイングが危険で異常なことぐらいブーストを使った時点で判り切っていることだ。
 大樹にしてみればなにを今更という感じだった。
『さすがは我がマスター。私のこともお見通しでしたか。それでも少しくらいは驚かれると思っていたのですが……やれやれ、私もまだまだ修行が足りませんね。そしてそんなマスターを私は誇りに思います。本当に……無事で良かった』
 珍しく、本当に珍しく素直に大樹のことを心配するロストロギアのインテリジェンスデバイス・ガルウイング。
 彼女(彼?)が大樹のことを心の底から信頼し、尊敬していることは大樹にも伝わっていた。
 だからこそボロボロにされながらも手元に置き続けてきたのである。
 ……単に物持ちの良い性格だったこともその理由の一つではあるが。
「ガルウイングさんがまさかロストロギアだったなんて……ちっとも気付かなかったよぉ。リンディさんやクロノ君は気付いていたのかな?」
『恐らく、それは無いでしょう。今の私は完全にインテリジェントデバイスとして機能していますから。気付くのはよほど腕の立つ技術者か……マスターの様に優れた超感覚を持つ者だけでしょう』
「にゃあ……やっぱりすごいんだね、大樹さんは」
『しかし―――』
 珍しく、またしても珍しく心酔している主の事柄に対して言いよどむような気配を見せた。
 逡巡の後、ガルウイングが心持ち硬い声音で言う。
『―――それ故にマスターは危ういのです』
「え……」
 なのはの呆けたような声が病室―――じゃないかもしれないが部屋に響く。
 大樹は「そうか、俺は危ういのか。うん、今に始まったことじゃないよね」と一人で納得していた。
『今回の件で私は大いに認識を改めざるを得なかった。確かにマスターは強いです。ランクの差を容易く覆し、戦術にも精通しています。恐らくは一対多数の戦闘であっても、かなりの物量で攻め込まれない限りはマスターに敗北はないでしょう』
「……うん。私もそう思う」
「え、思っちゃうの?」
 そんな大樹の呟きはいとも容易く虚空へと吸収された。
 なにやら勝手に重苦しい空気の中、話を始める一人と一つ。
 彼の話なのにも関わらず取り残された大樹は、仕方なく外してしまった吊り具にギブスを戻す作業を始めた。
 孤独で地味で、そしてなにより痛みとの戦いの始まりである。
『だがそれはあくまでマスターが〝一人〟だった時の話です。保護対象が一人でも居た場合、マスターの生存率は極点に低下してしまう』
「―――っ!?」
 ガルウイングの重い言葉になのはの表情が強張る。
 思い出したのだ。
 フェイトを助ける為に身をていして荒れ狂う魔力の奔流に体を差し出し、怪我が完治していないのにも関わらず反動の強い魔法を行使して少女たちを援護し―――そして。
 なのはの脳裏に、天空から放たれた雷に打ち据えられ、鮮血を散らしながら海面に落下していく大樹の姿が鮮明に蘇る。
 知らず、少女はその小さな拳を硬く握り締めていた。
 なのはが思い詰めていることを察したガルウイングが慰めるように言う。
『あれはマスターが自身で決め、行ったことです。あなたが気に病む必要はありません』
「で、でも私のせいで……!」
『いえ、あの場合は仕方ありませんでした。あの砲撃からあなた方を守る方法はあれしかなかったのですから』
 ガルウイングの慰めの言葉を受けて尚、なのはの表情は暗いままだった。
 少女―――高町なのはには幼少の頃に刻まれたトラウマが存在していた。
 ボディガードの仕事をしていた父・士郎がテロに巻き込まれて瀕死の重傷を負い、その間幼い彼女は多感な時期を一人ぼっちで過ごさざる得なかった。
 今でこそ士郎は元気に日常生活を送ってはいるが、彼が意識を取り戻さない間、家族は常に言いようのない重苦しい空気を纏っていたのである。
 それ以来、少女は人の生死に過敏なまでに反応するようになっていた。
 そして、大樹が少女たちを庇って魔法に直撃し、意識を失った時。
 なのははあの時のことを否応なしに思い出していた。
 砕け散る白銀の鎧。
 鉛色の空に舞った赤い血。
 力なく海中に引きずられていく体。
 頭の中で何度も繰り返し再生されるあの光景に、なのはは知らずの内に自分の肩を抱いていた。
 絶対に嫌なのだ。自分の大切な人が目の前から居なくなるのだけは―――。
 その時、少女の耳にブツンというなにかを引き千切るような音が届いた。
 視線をガルウイングから音の発生源に向ける。
 そこでは、大樹が腕を吊っていた器具を力任せに引き千切っていた。
「な、なにしてるの大樹さん!? ダメだよ、絶対安静だってお医者様も言ってたんだから!」
「いや、いつまでもこうしているわけにはいかないっしょ」
 苦痛に顔を歪ませながらも大樹はなのはに笑顔を見せた。
 聡明な少女は悟った。
 彼はフェイトに会おうとしているのだと。
 幾度の邂逅を経て、なのははフェイトが本当は心の優しい少女であることに気付いていた。
 恐らくは大樹もそのことを察しているのだろう。
 だからこそ、心配しているだろう彼女を安心させる為に痛む体に鞭を打ち、少女に会おうとしているのだ。
 自分は大丈夫、だから心配しないで欲しい。
 ただ、そう伝える為だけに。
「大樹さん……」
 涙を湛えて大樹の顔を見つめる少女。
 いっぽう、大樹はどうして彼女がそんな表情をするのかさっぱり判らず、胸中で首を傾げまくっていた。
 無論、なのはが考えた―――もとい想像したような行動を取ろうとしたわけじゃない。
 彼はただ吊り具を元に戻そうと体を動かしている内に、変な力が入ってしまって器具を破壊してしまっただけだ。
 大樹の言った「いつまでもこうしているわけにはいかない」という言葉の本当の意味は、いつまでも吊り具から腕が離れたままじゃ痛くて堪らないから、一刻も早く器具に腕を戻したいという意味だった。
 だが彼の真意は当然ながら届かない。
 誤解され易いことを理解していながら、この男はそれを正す努力を怠っていたのだった。
 完全に破壊してしまった―――具体的には固定する筈の細い鎖を引き千切ってしまった大樹は途方に暮れた。
 どうしよう、どうしよう。
 迷い、悩み、悔やみ、そして決断する。
 彼に迫る危機は一つだけはなかったのだ。
 幸いにも怪我のひどいのは上半身だけだった。
 下半身―――脚部は問題なく稼動する。
 とぅっ、と小声で呟き、ベッドっぽいなにかから降りる。
 ずっとあの台の上で寝ていたせいか背中が痛い。
 それを堪え、大樹は歩き出した。
 向かう先は―――トイレ。
 意識を失っている間どうしていたかは定かでないが、覚醒した現時点で尿意は彼に牙を剥いていた。
 腕は痛むが、さすがにこの歳になって漏らすわけにはいかない。
 ヨロヨロと歩いていると、背中に柔らかいなにかがドンとぶつかった。
 元から体力の無い―――今はもっと体力の無い大樹は簡単によろめく。
 転ばなかったのはまさに奇跡だった。
「ほら、もうフラフラじゃないですか……。だから……だからもうやめて……お願いだから……!」
 大樹の背に抱き付いたなのはが嗚咽の混じった悲痛な叫び声をあげる。
 だがしかし、青年はそれに頷くわけにはいかなかった。
 そう……漏らすわけにはいかないのだ。
「それだけは出来ない。俺がここで退いてしまえば、俺が俺でなくなってしまうんだ。誰の為じゃない、俺は俺の為だけに―――(トイレに)行く」
「おかしいよっ!? 大樹さんはおかしいよ! どうして、どうしてそこまで一生懸命になれるの!? もう少しで―――もう少しで死んじゃうところだったんだよ!?」
「……あれ? いや、なんだがまた話が妙な方向に……い、いやそれは今は置いといて。だいたい、なのはちゃんだって一生懸命じゃないか。俺なんかよりずっとさ」
「え……」
「ほら、言ってたじゃないか。あの子と友達になりたいって。俺はすごいと思うよ。おっとろしい魔法撃たれて、あれだけ拒絶されて、それでも諦めないのは本当にすごいと思う。正直、見習いたいくらいだ。俺はね、全然一生懸命になっちゃいないよ。今はちょいと一生懸命にならざるを得ない状況だけど」
 ―――だからその手を離して、俺をトイレに行かせてくれ。
 という彼の真意な頼みは、当然ながら少女の耳に到達することはなかった。
 その代わりと言ってはなんだが、大樹に抱き付くなのはの手がより一層強くなった。
(……やばい。完全にホールドされとる!?)
 動かせない体、高まる尿意。
 このままじゃさすがにやばいと体を揺り動かすが、体力が極端に低下している今の大樹になのはを振り切るだけの余力は残されていない。
 この歳で漏らしてしまうのか―――と大樹が悲壮な覚悟を決めようとした時、閉じられていた扉が空気の抜ける音と共に開いた。
 姿を見せたのは、フェレットに姿を変える魔法を扱う金髪の少年。
「え、な、なのは!? 大樹さんに抱き付いてなにしてるの!?」
「―――っ!? ち、違うよ!? これは違うの、ユーノ君っ!」
 さすがに第三者に見られるのは恥ずかしかったのか、なのはが大樹から離れる。
 この隙を逃してしまうほど、彼はノロマじゃなかった。
 ダッと風のように駆け出すと、顔を赤くするユーノの横をすり抜ける。
 それを見たなのはが叫んだ。
「だ、大樹さんを捕まえて! 大樹さん、体がまだ治ってないのに無理しようとしてるの!」
「わ、わかった!」
「今、無理をしないでいったいいつ無理をしろと言うんだ! のわっ!?」
「おとなしくしてください、大樹さん! そんな……僕のバインドであっさり捕まっちゃうくらい弱っているだなんて……」
「い、いや、それは元から……うぅっ!?」
「ど、どうしたの大樹さん!? た、大変!? 血が出てる!?」
「ち、ちがっ。なのはちゃん、これは捕まった時に鼻をぶつけてだね……」
「ユーノ君、お医者様を呼んで! 早く! じゃないと大樹さんが……大樹さんが死んじゃう!!」
「し、死なないから。少なくとも鼻血じゃ俺は死なない。だから俺をトイレに……トイレにぃっ!」


「ルールを守るというのは社会生活においてもっとも大切なことです。それは判るわね?」
「いえ、あれは不可抗力―――い、いえ、了解しております」
「貴方くらいの人ならそれくらい判っていると思っていたけど?」
「い、いやぁ、偶然―――じゃなくて見るに忍びなくて……。ほ、ほら、俺は女の子には優しい人ですから……?」
 自分で言った言葉に首を傾げる大樹。
 救おうと思って救ったのはジュエルシードが暴走してフェイトが傷付いた時のみだ。
 それ以外は全てがなし崩し、状況に流された結果だったから無理もない。
 リンディはそんな大樹を前にして、溜め息を一つ吐いた。
 彼の背後にはなのはとユーノがことの成り行きを不安そうな顔で見守っている。
 クロノは腕を組み、憮然とした表情で大樹のことを見つめていた。
 大樹が覚醒してから二日後、リンディは大樹を呼び出した。
 彼女曰く、大きな子供にお説教する為に。
 それが今の状況であり、全てであった。
「……判りました。まあ結果的にとは言え、貴方のおかげでなのはちゃんも無事でしたし、得る物も多々ありました。それに免じて今回の件は不問とします」
 リンディの言葉に、なのはとユーノがハイタッチを交わす。
 それを笑みを浮かべて見つめ、大樹に視線を戻すと少しだけ目尻を吊り上げて言った。
「しかし二度目はありません。もう二度となのはちゃんたちに心配かけちゃダメよ?」
「……肝に銘じます」
 貯水槽が破裂寸前にまで追い込まれたあの時のことを思いだしたのか、大樹が顔を青白くさせながら頷いた。
 両腕をギブスで覆われた彼がいかようにして用を足したのかは……訊かないであげてほしい。
「それにしても……とんだ大物が出てきたわね」
 リンディの言葉に反応して、大型のディスプレイが一人の女性を映し出す。
 長い黒髪の女性。その黒い髪は、片目を完全に覆い隠してしまっている。
 どこか冷たい―――氷のような印象を感じる女性だった。
 大樹は「騒音おばさんに通じるものがあるな」と一人だけメタなことを考えていたが。
 画面に映っている女性の名は―――〝プレシア・テスタロッサ〟。
 以前、実験の失敗で中規模次元震を引き起こし、地方に移動後にミッドチルダから姿を消した強大な力を持つ魔導師。
 彼女が次元跳躍魔法を放った際に観測された魔力波動と登録されていたデータが一致した為、その正体がようやく判明したのだった。
「そういえばフェイトちゃん、あの時……母さんって」
「この人がフェイトちゃんのお袋さんってことか。まったく、実の娘に魔法打ち込むとはえげつい真似するなぁ」
 その時のことは大樹の記憶からは吹っ飛んでしまっている。
 なので、彼の中では魔法はフェイトに直撃したことになっていた。
「大樹さん、やっぱり……怒ってる?」
 なのはが大樹に視線を向ける。
「このプレシアって人のことだろ? そりゃあ怒るさ。女の子―――それも実の娘に魔法打ち込むなんて実の親でも―――いんや実の親だからこそ許せない。……ま、まあ、俺は怒るだけで具体的な行動は起こせないけど」
 影でこっそり怒るだけ、ヘタレの大樹の精一杯だった。
 真に遺憾に思う。思うことなら誰でも出来る。
 彼の言葉に、なのはがほんの少しだけ苦笑する。
「にゃはは、やっぱり怒るのはそっちなんだね」
「へ?」
 首を傾げる大樹をよそに、どうやら一人で納得したらしいなのは。
 少女が「やっぱり」と言ったのは、大樹が怒りの矛先を向けたのが、あくまでプレシアがフェイトに魔法をあてようとしたことについてのみだったからだ。
 実際に魔法が直撃したのは大樹であり、痛い思いをしたのは他でもない彼自身だった。
 だが青年は、母親が娘に過剰な暴力を振るったことに怒りを見せた。
 親が子に暴力を振るうのは許せない、と。
 そのことだけに怒りを向けたのだ。
 だからこそ、なのはは「やっぱり」という言葉を口にした。
 少女は判っていたのだ。
 この心優しい青年は、自分のことよりも第三者のことを心配する性格だということが……まったくの誤解なのだが。
 自分がなんで怪我をしたのかも判らない大樹は、当然ながら自分が二人の少女を結果的に庇ったことも知らない。
 心の奥で、あんなの喰らってフェイトちゃん痛かっただろうなぁ、などと考えているぐらいだ。
 飛び飛びの記憶は、おかしいくらい鮮明に宙を駆ける稲妻だけは記録していた。
(俺があんなの喰らったら即死だよな……魔法ってこぇぇ)
 言っておくが……喰らったのはお前だ。


 話は再びプレシアの件に戻る。
 姿をくらませた後の彼女の行方は不明だった。
 管理局に残された情報からは、プレシアがかつて次元航行エネルギーの研究に従事していたことしか判らなかったのである。
 彼女の身内に関する情報は特に念入りに削除されていたらしい。
 あとのことは管理局の本部に連絡しないと判らないということで、詳細がハッキリするまでの間、なのはたちと大樹には外出の許可が出された。
 なのはは学校を休んで管理局に協力している身、それでは復帰した時に色々と不便だろうとリンディが気を利かせたのだった。
 大樹は……完全なついで、である。
「……いきなり解放されてしまったが、やることがない」
 海鳴市内を行くあてもなく歩く。
 アパートに戻ったところでやることがないのは変わらず、仕方なく見慣れた街を散策することに決めたのだ。
 天候はどんよりとした曇り空。
 雨が降らないだけマシだと言われればそれまでだが、散歩していて良い気分にはならない。
 気の向くままフラフラと歩いていると、廃材置き場に辿り着いた。
 どこかおどろおどろしい空気の漂うその場所に、大樹は背筋を震わせる。
 幽霊やお化けが大の苦手な彼にとって、この場所はまさに鬼門だった。
 即行で立ち去ろうと踵を返す。
 それを引き止めたのは、腕に巻いたリストバンド―――その中央に埋め込まれた灰色の宝珠だった。
『マスター、微かですが魔力反応があります。位置はここから約二百。この魔力反応は……あの赤犬使い魔ですね』
「赤犬っていうと……アルフか!?」
『はい、間違いありません。弱っているようですから、捨て置きましょう』
「え、え、『から』の使い方間違ってないか!? つか弱っているのか!? と、兎に角、見に行くだけ見に行ってみよう……怖いけど」
 恐る恐る―――本当に恐る恐る廃材置き場の中に入っていく大樹。
 足場の悪さに辟易しながらも歩みを進めると、開けた空間に出くわした。
「……マジかよ」
 大樹の眼前には狼状態のアルフが血を流して倒れている。
 素人目でも一発で判るほど、今の彼女は重症だった。
 駆け寄り、彼女の体を抱き起こそうとして失敗。
 大型犬以上の体躯を誇るアルフは見た目並みに重かった。
 抱き起こすのを諦め、なけなしの魔力を使って初歩回復魔法フィジカル・ヒールをアルフに施す。
 大樹のしょぼい魔力では傷を少しだけ塞ぐのが限界だったが、それでも出血量は減っている。
 うっすらとアルフの目が開いた。
「あ、アンタは……ぶ、無事だったのかい……」
「だ、大丈夫か!? 今すぐになのはちゃんたちに連絡するからな! それまで少しだけ辛抱を―――」
「それはダメだ!」
「あ、はい、すみませんでした!」
 異様な剣幕でそう訴えられて、大樹が息を呑む。
 思わず謝ってしまうあたり、実に彼の本質を表している一場面と言える。
「わ……忘れたのかい? 私たちは犯罪者だ。今更のような気もするけど、使い魔の私が捕まるとフェイトに迷惑をかけるかもしれない。それだけは……ダメ……」
 それだけ言い残すと、アルフは再び瞳を閉じて動かなくなってしまった。
 大樹が慌てて口許に手をあてて呼吸を確かめる。
 なんとか息をしていることを確認すると、大樹はほっと息を吐いた。
『さて、どうしますかマスター。私としては、管理局に通報するのが一番だと思いますが?』
「い、いや、それは出来ないだろ。嫌がってるし」
『ふっ。その優しさが特に身の危険を招くと判っていながらあえてその道を選ぶ、というわけですね。判りました。不肖この私、ガルウイングめが地獄の果てまでお供しましょう』
「優しさってなんだよぉ……。噛み付かれると怖いだろうが……うぅ、さっきのアルフは怖かった」
 主のことを一欠けらも判ってくれないガルウイングに怨嗟の声をあげながら、どっこいしょとアルフを背負う。
 先の一件から一週間経った今なお、体力が回復しきっていない大樹には重労働だ。
 結局、自宅のアパートに着く頃には完全に日が暮れてしまっていた。
 今でこそ犬型だが、女性型にもなることが出来るアルフ。
 それを床で寝かせるのも気が引け、大樹は自分の布団に寝かせることにした。
 犬猫の怪我の治療などしたことがない彼だったが、予想以上に豊富な医療知識を持つガルウイングの助けを受けてなんとか応急処置を施すことも出来た。
 あとはアルフが目を覚ませてくれれば万々歳なのだが……。


「…………ん」
 アルフが目を覚ましたのは、その日の真夜中になってからだった。
 覚醒する意識。
 ぼんやりとした視界には見慣れぬ光景が広がっている。
 一瞬、管理局に捕まってしまったかとも思ったが、すぐにその考えは否定された。
 バインドで拘束されることも魔力を封じることもされず、ただ怪我の治療だけを施すなど有り得ないからだ。
 そう思い視線を動かせば、壁を背に静かな寝息をたてている青年の姿が映った。
「そっか……やっぱりアンタが助けてくれたのか」
 意識を失う直前、確かに聞き慣れた声を聞いたとは思ったが……。
 本当におかしいやつだと思う。
 自分たちと敵対する間柄ながら、なにかとこちらに対する気配りを見せるフリーの魔導師。
 今だってそうだ。
 まだこちらが気を許していないのにも関わらず、目の前で無防備な姿を晒している。
 頭に超の付く馬鹿か、よほどのお人好しか。
 どちらにせよ、アルフにとって彼のような魔導師は実にやりにくい相手だった。
 憎しみや敵意を純粋に向けてくれれば、どれだけ楽なことか。
『おや、目を覚ましたようですね』
 ピコピコと、大樹の腕に巻かれたガルウイングが点滅する。
「ああ、おかげさまでね。それにしてもそいつ、本当に管理局に通報しなかったんだ」
『マスターは高潔な人ですから。一方的とは言え、一度した約束を違えることは絶対に有り得ません。そしてそこには敵も味方も存在しない。マスターはそんな人です』
 誇らしげに語るデバイスに、アルフは苦笑を禁じ得なかった。
 主も変なら、そのデバイスも十分に変だ。
 ここまでお喋りな、そしてここまで主に心酔しているデバイスというのも珍しい。
『して、どうしてあのような場所に居たのですか? あなたを救助したマスターにはそれを訊く権利があるはずだ。その傷……見たところ、魔法攻撃によるものでしょう?』
 デバイスの言葉にアルフはしばし考える。
 嘘を吐くことなど容易い……容易いが、果たしてそれをして彼女の―――フェイトの為になるだろうか。
 既に事態は自分たちで処理出来る範囲を大きく超えてしまっている。
 管理局に捕まえるのも最早時間の問題だろう。
 だったら……このお人好しな魔導師に、全てを託しても損はないのかもしれない。
 普段のアルフであればそのようなことは考えなかったはずだ。
 しかし、大樹に救われたという事実、自分との口約束を守ってくれたという事実が、彼女の心を僅かながら開かせていた。
「……判った。話すよ。私の身になにが起きたのか……そして、私たちがどうしてジュエルシードを集めていたのかを」
 そして語られるこの物語の真実。
 大樹が知れば驚愕のあまり腰を抜かすところだろうが、生憎と彼は夢の中だった。
 時折微かな呻き声が聞こえてくるのは、大樹の見ている夢が巨大な雷に撃たれるという一度体験した出来事だから。
 ごめんごめんと誰にともなく呟く大樹をよそに、一匹と一個の話は続く。
 ―――そして。
 大樹が翌朝になって目を覚ました時、そこにアルフの姿はなかった。




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物語はクライマックスへと…?
今回も面白かったです。
個人的には勘違い前半戦のお互い言葉無しに、勘違いが進行していくところが。

後はガルウイングのロストロギア宣言。これは壮大なストーリーの前振りですね。リリ勘は百八話まであるぞっていう。

最後に「その優しさが特に身の危険を」の「特に」は、
「時に」とかじゃないですかね? イヤよくは判らないんですが…違ってたらスイマセン。
2009-05-31 Sun 05:13 | URL | kt #GJzF38Bw[ 内容変更]
今回初めて1話から全て拝見させて頂きましたが、『リリカル』を知らない自分でも楽しく読ませてもらいました。

零魔のダンケ共々…実に面白い主人公だ!
次回を楽しみにしておりますm(_ _)m
2009-05-31 Sun 15:53 | URL | asakura #-[ 内容変更]
なんて面白くしてくれる主人公なのだろう
 いやあ~、本当に無理ない勘違いコンボです。病室での騒動は大樹ならではですね。

 この部分、ちょっと違う気が…。最後のほうのアルフの心境
>管理局に捕まえるのも
2009-05-31 Sun 21:54 | URL | 凡士 #-[ 内容変更]
もう続きが気になる
まさか、ガルウイングがロストロギアとは。
しかし、そうなるとなぜそれが普通に落ちていたのか気になります。
大樹がフェイトの真実を知った時も……、
だが、「騒音おばさん」か。
意外と的を得ている(笑)
2009-05-31 Sun 22:54 | URL | : #-[ 内容変更]
どんどん広がる勘違い。
修復は…もう無理ポ

2009-06-02 Tue 01:18 | URL | コイピー #-[ 内容変更]
今さらですがBJのイメージがまんまブラックサレナです。
あれが高速移動してきたら、勘違いするのもしかたない。

記憶がないって幸せですよね。
2009-06-02 Tue 21:32 | URL | #JalddpaA[ 内容変更]
英雄だって便所ぐらいするよな。
2009-06-05 Fri 16:00 | URL | OTL #-[ 内容変更]
やっと読み終わった……。
今日、やっとリリ勘 十二話を読み終えられた……。
いよいよ物語はラストへと近付いていく。
次回が非常に楽しみです。
2009-06-06 Sat 20:46 | URL | ベリウス #VSnRaRv6[ 内容変更]
aaa
毎回おもしろいなぁw
2009-06-16 Tue 22:00 | URL | aaa #OARS9n6I[ 内容変更]
これはwwww
>(俺があんなの喰らったら即死だよな……魔法>ってこぇぇ)
>言っておくが……喰らったのはお前だ。

大樹wwwww
2009-06-17 Wed 23:22 | URL | 演歌 #z7Xcv.4o[ 内容変更]
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