ネクオロでした
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ネギ団子まとめ3
2009-12-08 Tue 21:49
ネギ団子まとめその3です。

ちなみに、ネギ団子は現在の修学旅行編をもちまして終了となります。御了承下さいませ。

語尾が変化する程度ならまだしも方言は無理だって……。・゚・(ノД`)・゚・
 
 何なの? 馬鹿なの? 死ぬの―――って、死ぬよ!?
 桟橋の上を全力で走りながら、胸中で泣き喚く。
 先の一撃によって退路を断たれた俺は、仕方なく前へ前へと進んでいる。
 どうやら巨大鬼の興味は端から俺にはなかったらしい。
 最初の攻撃も単に試し撃ちをしてみただけ―――だといいなぁ。
 ついでに言えば、そろそろお帰り願えると非常にありがたい。
「相棒、向こうに何人か人間が居るみたいだぜ。お、この感じはさっきの嬢ちゃんだな」
「……合流するぞ」
 やばい、すごく嬉しい。
 さっきの嬢ちゃんというのは龍宮さんのことだろう。
 凄腕ガンナーの彼女さえ居れば、きっとどうにかなるに違いない。
 二十歳過ぎの男が年下の女性に助けを求めるのは半端なくカッコ悪いが、ここは断然命を優先だ。
 ドイツじゃあルイズやタバサの世話になり、アメリカじゃあ出会ったばかりの龍宮さんを当てにする。
 何というか……少しも進歩していないな、俺よ。
 あと、デルフの機能が地味にパワーアップしている気がする。
 ドイツに居た頃は、こんな対人レーダーは装備していなかった筈だ。
 まあ、俺にとってはありがたいので文句を言ったりはしないけど。
「相棒ってよ、敵にはとことん容赦しねぇが一度味方と認めるとすごく優しいのな」
「そうでも……ない」
「照れるな、照れるな!」
 カタカタと笑うデルフに、俺は胸中で首を傾げた。
 敵には容赦しない……のはまだいい。
 実際は容赦というか油断する程余裕がないだけなのだが。
 味方に優しい……優しいか?
 厳しくするつもりもないが、特別優しくした記憶もない。
 というか、俺はどっちかというなら「優しくされる」立ち位置だった筈だ。少なくともドイツではそうだった。
 ……まあいいか。
 こんな場所で悩む程、俺は人生を諦めていない。
 兎に角、龍宮さんと合流しなくては!
「…………」
 しばらく進んだところで足を止める。
 進むべき先に道はなく、暗い湖面にはいくつかの木の板が漂っていた。
 湖の中心に鎮座する舞台を繋ぐように設置された桟橋は計二本。
 その内の一本に俺が居て、もう一本に龍宮さんが居る。
 俺が彼女の元に辿り着くには、どうしても舞台を通る必要があった。
 で、その舞台の真横に巨大な鬼さんは居るわけだ。
 ……あれ? ひょっとしなくても、これは詰んだんじゃない?
 仮にあの舞台に着いたとしても、鬼に見付かっては元も子もないわけで。
 そもそも、道がない以上どうすることも出来ないわけで。
 泳ぐ? 無理です。だって金槌ですから。
「なあ相棒、あそこの棒にさっきの蔦を引っ掛けて行けば、嬢ちゃんのところまで行けねーか?」
「……燈篭か」
 この場所は余程神聖な場所なのか、湖のあちこちから立派な燈篭が突き出している。
 なるほど。確かにあれを使えば舞台を通らずに、龍宮さんのところへ行けるかもしれない。
 桟橋の上でいつまでもじっとしているわけには行かなかった。
 黒尽くめの格好は、不思議な光に照らされたこの場所じゃ異様に目立ってしまうからである。
 覚悟を決め、再び“ハーミット・パープル”を顕現させる。
 相変わらずチクチクして痛いが、この程度の痛みでは俺の鉄面皮は突破出来ないぜ。
「ハーミット……ウェブ!」
 茨の最大射程は十メートルくらい。詳しい数値は俺も知らない。
 手近な燈篭に巻き付け、桟橋の手摺に登ってから引き戻す。
 華奢な見た目に反してそれなりのパワーはあるらしく、腕の痛みと引き換えに俺の体は燈篭へと無事到達したのだった。
 ……イテェ。飛び移った時に右脚の爪先を燈篭にぶつけるとは。
 何とも締まらない展開に、人知れず苦笑が浮かんだ。
 そのまま連続して灯篭に飛び移り、着実に距離を詰めて行く。
 スタンドは魂の具現。その能力は本体の成長によって進化する。
 俺の心の成長に応じて、“ハーミット・パープル”もいつの日かパワーアップしてくれることだろう……十年後か二十年後くらいに。
 あと三個くらい燈篭を経由すれば、龍宮さんの居る桟橋に辿り着くことが出来る。
 只、気になるのは向こうからやたらと爆発音やら銃撃音が聞こえて来ることだ。
 奇妙な明かりに照らされているとは言え、桟橋まではまだ30メートル程ある。
 視力は悪い方じゃないが、流石にそこまでは見えやしない。
 行くべきか留まるべきか……うーむ。
 危ないところに近付きたくないという気持ちが一番多いのは事実。
 だがそれと同時に、下手な動きをしたら龍宮さんの迷惑になるのではないかという不安も脳裏を過ぎっていた。
 KYに定評のある俺だからなぁ。気付かぬ間にルイズにも多大な迷惑をかけていたと思う。
「相棒、どーした?」
「……いや。ここは少し……様子を見よう」
 燈篭にしがみ付き、苦渋の決断をする。
 一刻も早く龍宮さんに合流して安全を確保したかったが、俺のせいで彼女のお仕事が失敗させるわけにはいかない。
「まぁ、相棒にもなにか考えがあるんだろうけどよ。でも、このままじゃちとまずいぜ、さっきの嬢ちゃん。あの白髪の小僧、かなりの腕前だぜ」
 デルフには向こうで何が起きているか見えているのだろうか?
 どうにも、龍宮さん以外にも人は居るようで、その人物こそが白髪の小僧らしい。
 で、その小僧と龍宮さんが戦っている、と。
 あの隠密スナイパーの彼女が押されるとか相手はどんなチートだよ……。
 もしかして、アメリカじゃ既に“ガンダールヴ”とかいうるーんが量産されているとか。
 だとしたら、俺のは間違いなく旧式るーんだ。試作用とかそんなノリだろう。
 衛星受信の範囲に制限が掛けられているのも、型が古いからに違いない。
「―――相棒! 逃げろ!」
「―――っ!」
 デルフが焦った声をあげ、俺の掴まっている灯篭が周囲の湖面ごと影に包まれる。
 見上げれば、黒い巨大なものが視界一杯に広がっていた。
 それが鬼の掌だと気付いたのは、燈篭を蹴って跳躍したあとのことだ。
 無論、るーんの補助がない今の俺では大した飛距離は得られない。
 それを補う為、茨をバネのように使って距離を水増しした。
 窮地が人を成長させるとはまた、うまいことを言ったものだ。
 スタンドは術者の精神が昂ぶることで成長を遂げる。
 俺の恐怖心に“ハーミット・パープル”が応えた結果、茨が鉛筆サイズから太字のマジックペンサイズにまで逞しくなっていた。
 こいつはグレートだぜ……!
 但し、その分腕の痛みは増している。帰る頃には、俺の右腕は傷だらけだろう。
 鬼の手が叩き付けられ、俺の安住の地が粉々に砕かれる。
 水面が盛り上がり、たちまち巨大な波が発生した。
 慌てて次の燈篭に茨を伸ばそうとして―――愕然とする。
 “ハーミット・パープル”の射程に入っていた灯篭が、先の鬼の一撃によって壊れていたのだ。
 ダメ元でもう一つの燈篭に伸ばそうとするが、盛り上がった湖面に妨害されて位置が分からなくなってしまっている。
 こ、こなくそぉ―――っ!
「伸びろ……っ!」
 十数本の茨が絡まり、一本の太いロープと化して伸びていく。
 その射程は俺の予想していた十メートルを大きく上回っていた。
 ウネりながら伸びた“ハーミット・パープル”は桟橋まで届き、そこに在った“何か”に絡み付く。
 茨を引き戻せば、俺の体はたちまち桟橋の上へ―――って、勢い強すぎじゃないですか?
 無理に伸ばした反動か、紫の茨は限界まで伸び切ったゴムのように縮んでいる。
 スタンドを消せば止まるのだろうが、そうなると湖に落ちてしまうわけで。
 障害物にぶつかる直前にスタンドを消し、即座に発現。碇のように周囲に突き刺して勢いを殺す。
 俺が五体満足で居られるには、一か八かその賭けに乗るしかないというのか!
「よっしゃ! 手荒い挨拶を噛ましてやれ!」
「……ああ」
 誰にと訊こうとして、その前に体が動いていた。
 かなりの速さで流れて行く景色の果てに、茨に巻き付かれている不幸な少年の姿が見て取れる。
 その髪は夜に映える銀にも似た白い色に染まっていた。
 あの少年がデルフの言っていた“白髪の小僧”なのだろう。
 ってことは何か? この子が龍宮さん以上に強い人ってことか?
 見る限り、そんな風には思えないなぁ。確かに目付きは鋭いけど、俺ほどじゃないし。
 等と冷静に分析している場合じゃない。
「―――どけ!」
 言葉遣いは乱暴だけど、これは彼を思って出た発言だから許して欲しい。
 目視出来る距離まで近付いたのを確認し、スタンドを消失させる。
 少年が目を見開くのが見えた。
 即座に“ハーミット・パープル”を再出現させ、楔を打つように桟橋に突き立てる。
 見た目こそ弱々しいが、腐ってもスタンドだ。
 岩を砕く威力は流石にないものの、木の板を穿つ程度なら出来る―――と、今知った。
 少年はそのまま右手を突き出し、指からレーザーを……レーザー?
 びぃぃぃ。
 そんな感じのビームが湖面を撫でる。
 だが、驚くのはまだ早い。何とそのビームの当たった箇所が石になったのである。
 もしかして足場を作ろうとしていたのか―――い、いやいや、それはないだろ。絶対にない。
 いくら俺が馬鹿でもそんな誤解はしない。
 あのビームは間違いなく俺を狙っていた。
 あのままスタンドを解除しないで突貫していたら、直撃して石化していたのは俺の方だ。
 自衛手段に出る気持ちが分からないでもないが、強力過ぎるでしょう!?
 この少年、間違いなく敵だ。それもかなりえげついジャンルの敵だ!
 アンカー代わりに使っていた茨を引き戻し、デルフを抜刀する。
 浮遊していた体は虚空に留めていた楔を失ったことで重力に引かれ、落下を開始する。
 少年がこちらに手をかざすのが見えた。
 茨で受けようかデルフで受けようか迷い、後者を選択する。
 原則、スタンドのダメージは本体に返って来る。
 その点、“ハーミット・パープル”は特殊なスタンドなのでその条件に当てはまらないと思うけど、馬鹿みたいに伸びたりするので油断は出来なかった。
 石橋を叩いて渡る心境で、デルフを盾のように構えて落下する。
「相棒、分かっているたぁ思うが、俺が吸い込めるのは相棒に向かって来た魔法だけだ! 広範囲を攻撃するような魔法は吸い込める量に限度があるぞ!」
 ……説明ありがとう。
 要するに、あの少年の攻撃がさっきのレーザーだったら吸い込めるというわけだな。
 いや、ちょいと待て。
 レーザーってそもそも魔法じゃないよね? 科学技術の産物だよね?
 じゃあ、俺の取った行動って明らかにミスじゃん。
「……デルフ!」
 握っていたデルフを少年目掛けて投擲する。
 まさか得物を投げるとは思っても見なかったのだろう。
 少年はその整った眉根を僅かに顰めると、その場から離れた。
 カランと渇いた音を立ててデルフが桟橋の上を転がり、次いで「イテッ!?」と間抜けな声があがる。
 胸中で大剣に詫びつつ、手から石化ビームを撃てる少年に向かって放射状に茨を放射する。
 別に深い意味があったわけじゃない。
 ビームを妨害する盾ぐらいになってほしい、その程度の認識から出た行動だった。
 まあ、だからこそ敵の不意を突けたのだと思う。
 まさか茨が蠢きながら絡み付いてくるとは、夢にも思うまい。
 やっと気付いたよ、この“ハーミット・パープル”の隠された能力に。
 どうやらこの茨、近くに生命体が居る時はそいつ目掛けて殺到する困った特徴があるらしい。
 俺が目標を持って伸ばした時はそうでもないが、「何かを掴め」とか曖昧な命令だと動く物に巻き付くわけだ。
 生命体=動く物、という認識でいいと思う。
 何という食虫植物。これで捕捉した相手をドロドロに溶かすとかいう機能まであったら俺は泣いていた。そして吐いていた。
 少年に殺到した茨はしかし彼の張った不可視の結界に阻まれた。
 手からビームを出すような輩だ。バリアの一つや二つ張ったところで驚きはしない。
 バチィンとかいう音を立て、茨が明後日の方向へ弾き飛ばされる。
 デルフを手放してしまった以上、俺の武器はスタンドとナイフしかない。
 慌てて茨を引き戻そうとしていた時、少年が口を開いた。
「君はいったい何者なんだ?」
 その手の質問は今日だけで二度目だ。
 だいたい、手からビーム出すアンタの方が何者だと小一時間ほど問い詰めたい。
 義手? 義手なの? 本物のジョ○フ・ジョースターなの?
「……使い魔だ」
「…………」
 正直に答えたら押し黙ってしまった。
 少年は不気味なほどに無表情で、俺を見詰めている。
機嫌はあまり良くないらしい。
 これは……茨をこっそり引き戻しておいた方がいいな。
「笑えない冗談は嫌いなんだけど」
 い、いや、冗談じゃないんだよ?
 信じてもらえないかもしれないが……よし、ここは出来るだけ感情をこめて声に出そう。
 ついでに笑顔も見せれば、多少なりとも向こうの機嫌も良くなるかもしれない。
「……ゼロ」
 ―――の使い魔と言おうとして。
 戻って来た茨が何かに巻き付いていることに気が付いた。
「帰って来たぜ―――っ!」
「―――っ!?」
 少年が距離を取ろうと動く。
 だけど、それは“ハーミット・パープル”の前じゃ逆効果だった。
 この茨は動く物に優先して巻き付こうとする癖があるのだから。
 直角に向きを変えた茨が、絡み付いたデルフと共に少年に襲い掛かる。
 レーザーでの迎撃は不可能と判断したのか、彼の周囲に光の膜のようなものが出現した。
 なるほど、これが現代のバリアなわけか。
 感心する俺をよそに、少年のバリアとデルフが接触する。
 拮抗は一瞬だった。
 デルフの刀身が輝いたかと思えば、バリアは硝子が割れるように砕けてしまった。
 訳が分からないと言った感じで、目を見開く少年。
 無防備な彼の体にデルフの刃が食い込んだ。
 な―――なにやってんの!?
 渾身の力を使って茨を引き戻す。
 巻き付いたデルフはその勢いですっぽ抜け、少年の体から血が噴き出―――さない。
 よく見れば、その輪郭は水泡のようにぐねぐねと動いている。
 またか……また悪霊なのか?
 シシャクの件といい、今といい、どれだけ俺に付き纏うんだお前達は。
 怖いのを通り越して、少しだけ呆れてしまった。
「成る程、只の剣じゃなかったのか。油断していたよ……いや、そうなるよう誘導されたのかな」
 揺らめきながら訳の分からんことを言う少年。
 桟橋に突き刺さったデルフを引き抜き、背の鞘にしまう。
 どうしてこの国の人は俺の分かる言葉で話してくれないんだろう?
 日本語なのにそうじゃないとはこれいかに。
 大事なのは言葉じゃない、心なんだな。今回の一件でよく分かったよ。
 溜め息を吐くと幸せが逃げるというが……でも出てしまうものは仕方ない。はぁ。
「君を相手にするのは少し骨が折れそうだ。ここは一度退かせてもらうことにするよ」
「さっさと……還れ」
 ―――天に。
 何だか色々と疲れてしまった。
 少しでも伝わり易くする為、視線で天国を指すことも忘れない。
 そして、水の弾ける音と共に少年の体は消滅した。
 ……成仏しろよ。


「小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ 時を奪う毒の息吹よ―――」
 数メートル先で対峙している敵を見詰め、淡々と呪文を紡ぐ。
 先の魔法を受けたネギは抵抗(レジスト)で手一杯、明日菜もまた慣れぬ戦闘で体力をすり減らしている。
 唯一、まともに動けるのは銃使いの龍宮だけだったが、フェイトが今詠唱しているのは指定した範囲を石化の煙で覆う広範囲魔法だ。
 一度目は防がれたが、今の彼らの状態を見る限り二度も幸運は続くまい。
「石のいぶ―――」
 呪文が完成する直前、湖面を這うようにして伸びた無数の茨がフェイトの体に絡み付いた。
 顕現しつつあった魔法はその素たる魔力を吸収され、不完全のまま無へと還って行く。
(捕縛魔法―――いや、違う。見たことない術式だ)
 表情にこそ出さないもののフェイトは困惑していた。
 絡み付いた茨は微量ながらも彼から魔力を奪い続けている。
 範囲魔法を唱えるだけの集中力は確保出来そうにない。
 首を動かせば、かなりの速度でこちらに飛来する影が視界に映った。
 胸中で舌打ちし、単体石化魔法に切り替える。
「―――どけ!」
 殺意のこもった眼差しでフェイトを睨み付ける黒い影。
 黒髪黒目―――典型的な東洋人の顔立ちをした青年だ。
 背に大剣を背負い、片方の腕から血の色にも似た赤紫の茨を発現させている。
 この青年がフェイトの行動を事前に阻止したのだった。
「石化の邪眼―――!」
 立てた人差し指から一条の光線が青年目掛けて走る。
 これは、光と接触した対象を石化させる高位呪文の一つ。
 フェイトの得意とする魔法であり、茨に拘束された身で放てる最大級の攻撃呪文だ。
 彼が魔法を放つと同時に、謎の茨が消失した。
 唐突に体が開放された影響で、若干狙いがずれる。
 次の瞬間、青年は再び発現させた茨を桟橋に突き立てた。
 赤紫の銛が彼の体に制動をかけ、その身を半回転させる。
 青年の体を穿つ筈だった光線はその足元を通り過ぎ、湖面に突き刺さる。
(……面倒だな)
 あの身のこなしは並大抵の人間に出来るものではない。
 こちらの殺気を的確に捉え、魔法が当たる直前まで回避行動を取らないことで反撃の隙を見出そうとしているのだろう。
 見たところ、この青年は生粋の剣士のようだ。
 あの茨も多少は距離が伸びるようだが、それでも魔法と比べるとその差は歴然だった。
 剣士相手に初弾を外したのは痛い。
 近距離戦闘も十二分にこなせる自信はあったが、眼前の人物は底が見えない。
 立ち姿は素人そのものだというのに、その眼光はフェイトですら目にしたことのないほど暗い炎を宿していた。
 ゆっくりと降下する青年に狙いを定め、手を翳す。
 茨の束縛は既に解除されている。この距離から範囲魔法を放てば、流石の彼も抵抗は出来まい。
 ―――そう考えていた自分が愚かだった。
 青年が何かを叫び、抜刀した大剣をこちらに向かって投げ飛ばす。
 剣士が自ら得物を手放すというその愚行に、一瞬フェイトの体が硬直する。
 只の剣ならば障壁に阻まれて終わりだろう。
 だが、この青年が取った行動だ。裏のないわけがなかった。
 発動しかけていた呪文を解除し、後方に飛び退く。
 大剣はフェイトが先まで居た地点に当たり、数回バウンドしながら転がって行った。
 意識が大剣に向いた隙を突くように、視界を茨が埋め尽くす。
 青年の腕から出現した茨が、獲物を捕らえんとその魔手を伸ばしていた。
 あれに捕まるわけにはいかない。
 密度を高めた障壁を展開し、茨を防ぐ。
 呆気なく不可視の壁に阻まれた赤紫の銛は、その勢いのまま桟橋の至るところに突き刺さった。
「君はいったい何者なんだ?」
 事前に得ていた情報には、このような人物が日本に居るとは記されていなかった。
 魔法使いの資質こそ持っていないようだが、その戦闘能力、何より洞察力には眼を見張るものがある。
 これだけの人物だ。彼の情報がどこにも流れていないのは、あまりに不自然だろう。
 サウザンドマスター並みとは言わないが、それでも名くらいは広まっていてもおかしくない。
 フェイトの問い掛けに、青年は嘆くように眉を顰めて見せた。
「……使い魔だ」
「…………」
 使い魔とは、魔法使いの従者ということだろうか?
 この場に現れたということは、魔法学園に所属する魔法使いの従者という線が一番濃厚だろうが……。
(いや)
 フェイトは胸中で首を振った。
 目の前の青年が、誰かに付き従うようには見えなかったのだ。
 自分の邪魔をするのならば、敵であろうと味方であろうと容赦なく斬り捨てる戦闘狂。
 彼の知る少女―――月詠とこの青年はどこか似ていた。
「笑えない冗談は嫌いなんだけど」
 言葉を交わしながら、無詠唱で魔法を発動出来るよう意識を集中させていく。
 生半可な魔法では彼に通じないだろう。
 ここは……慎重に動く必要がある。
「……ゼロ」
 そんな彼の耳に、青年の愉しげな声が届いたのはその直後だった。
 口の端を僅かに吊り上げ、青年は冷たい笑みを浮かべる。
 得体の知れない恐怖を感じ、咄嗟に彼から距離を取る。
 刹那、桟橋を穿っていた茨が蛇のようにフェイトに襲い掛かった。
 障壁を展開するよりも早く、無数の蛇が彼の体に絡み付く。
「帰って来たぜ―――っ!」
「―――っ!?」
 第三者の声を捉え、首をそちらに動かす。
 そして、彼は己の失態に気が付いた。
 フェイトに迫る茨の先には、青年が投げた大剣が絡み付いていたのだ。
 先程の謎の声は、その大剣から発せられていたものだった。
 茨に魔力を奪われつつも、魔法障壁の強度を最大まで引き上げて大剣を迎え撃つ。
 至近距離から放たれた銃弾すら止めるそれは、しかし大剣と触れた瞬間、硝子の如く砕け散った。
 フェイトの体に巻き付く茨ごと断ち切るように、刃が彼の体に深々と喰い込む。
 青年の腕が鞭のようにしなり、茨と共に大剣が引き戻されていく。
 あのままの状態であったならば、刃がストッパーの代わりとなり出血はある程度抑えられていた筈だ。
 なのにも関わらず、青年は一切の躊躇いもなく大剣を引き抜いて見せた。
 わざとスナップを利かせ、刃が内蔵を抉る軌道を描くようにして。
 この体が虚像でなければ、今の一撃で命を断たれていただろう。
 姿を保つことが出来ず、分身が元の水に戻り始める。
 その光景を青年は詰まらなそうに眺めていた。
 既に興味を失ってしまったのか、纏っていた得体の知れない空気も霧散している。
「成る程、只の剣じゃなかったのか。油断していたよ……いや、そうなるよう誘導されたのかな」
 剣を投げたあの時から、自分は青年の術中にはまっていたのだ。
 純粋に戦闘を楽しむあの少女と異なり、この青年は蜘蛛のように罠の糸を張り巡らせ、引っ掛かった獲物が悶え苦しむ様を楽しむタイプなのだろう。
 単純に頭が良いだけならまだいい。だが、彼はそれに加えて卓越した技術まで有している。
 こういった手合いが一番厄介なことを、幾多の経験からフェイトは学んでいた。
 青年は何も語らない。
 引き抜いた反動で桟橋に突き立った大剣を引き抜き、背の鞘に収める。
 血が見れなかったことを嘆いているのか、残念そうに溜め息を吐いている。
「君を相手にするのは少し骨が折れそうだ。ここは一度退かせてもらうことにするよ」
 最初から本気で戦えば、恐らく負けることはないだろう。
 但し、こちらもそれ相応の代償を払う羽目になる。
 腕と足の一本で済めばまだ安い方だろう。
 とは言え、それはあくまで今の彼が全力だった場合に限るのだが。
「さっさと……帰れ」
 淡々と言い放ち、青年は天を仰ぐ。
 垣間見せた力は全力の二割か、それとも三割か。
 彼の反応を窺う限り、その程度が妥当だろう。
 少なくとも、正面からぶつかり合っていい相手ではない。
 そのことが分かっただけでも行幸と言えた。
 形を保てなくなった分身が消失し、意識が本体へと返る。
 人は降り掛かる苦難を表す際に様々な語句を用いるが、今の自分に適合するのはこの言葉しかないだろう。
「……なるほど。確かに“茨の道”だ」
 僅かにその口調に疲労を滲ませ、フェイトは闇の中でそう呟くのだった。


「生きている……な」
 当然ながら俺が、だ。
 スタンドを使用するには体力を消費する。
 チートなしの状態じゃデルフを振るうだけで精一杯なのに、それに加えてスタンドの連続使用。
そんなこんなで、俺のHPはとっくの昔に一桁だった。
 とはいえ、石化ビームを杖なしで撃ち出すことが出来るチート少年と真っ向からぶつかり合い、無事に生還することが出来た。悪運が強いというべきか、それとも中途半端に神の加護を受けているのか。
「やはり貴方か、助かったよ」
 背に声を受けて振り返る。
 その先では拳銃を手にしたまま、龍宮さんが苦笑いを浮かべていた。
「邪魔を……したか?」
 分かり切っていることを、恐る恐る訊いてみる。
 間違いなく邪魔だっただろうなぁ。射線の前に躍り出るとか阿呆にも程がある。
 あの苦笑いは「この人、素人なんだろーな」的な失笑に違いない。
「いや。おかげで二番目にきつそうな仕事が片付いたよ。ついでに、あれも退治してくれると助かるかな?」
 顎先でくいと指し示す先には、巨大なバイオ鬼。
 不幸中の幸いというべきか、今はエネルギーをチャージしている最中なのか行動を停止している。
 どうせなら、俺がここまでやって来る間も停止していて欲しかった……。
 あれを退治するのに必要なのはロケットランチャーやバズーカ砲の類でなく、魔除け札とか陰陽玉とかミニ八卦炉の方だろう。
 今の俺の装備では明らかに火力不足―――否、神秘力不足だ。聖剣でも持ち出さないと勝てる気がしない。
「さぁて、どうする相棒。こっからが正念場だぜ?」
「だが……俺に出来ることなど……限られている」
 申し訳なさそうに龍宮さんを見詰める。
 この状況で俺が出来ることと言えば、逃げることと隠れることの二つしかない。
 戦うという選択肢がないわけでもないが、それはさきの少年(怨霊)戦で消費済み。次に使用可能になるのは来年辺りだとありがたい。
 俺の視線を受け止め、龍宮さんは溜め息を吐いた。
 端から期待などしていないよ、とかそんな意味合いの嘆息だと思う。
「……分かった。どれだけ通用するかは知らないが、こっちで可能な限り奴の注意を引き付けて置くよ」
 拳銃をホルスターに戻し、転がっていたライフルを拾い上げる龍宮さん。
 スカートのポケットから取り出したケースを片手で器用に開くと、中に収められていた黒光りする弾丸をライフルに装填していく。
 むむ。もしや、その弾丸が彼女の切札なんだろうか? 
 確かにケースには何枚もお札が貼られているし、弾丸の表面に得体の知れない文字が刻んである。それっぽいと言えばそれっぽい。
「……いいのか? 危険だぞ」
「依頼に危険はつきものだからね」
 こんな俺の為に時間稼ぎをしてくれるというのか、龍宮さんは。なんて優しくて強い人なんだ。
 まあ、素人が一緒だと足手纏いだから、という理由なんだろうが、きっと。
「かかる危険の度合いは貴方の方が上だしな。もちろん、勝算はあるんだろう?」
 弾丸の装填を終えたライフルを肩に担ぎ、龍宮さんは片目を閉じる。
 口元に浮かんでいるのは艶っぽい微笑。ここが地獄でなければ、見惚れていたかもしれない。
 って……ちょっと待て。今、妙な言が混じっていなかったか!?
「……さあな」
 口調は至って普通だが、中身は大いに戸惑っていた。
 おかしい。明らかに会話が噛み合っていない。勝算があるか知りたいのは俺の方なのに……。
 かつてないほど嫌な予感がする。
「ったく、仕方ねーな相棒は。すぐに安請け合いしちまいやがる。まっ、そこが相棒らしいんだがよ。いいぜ―――抜きな、相棒!」
「ああ」
 NO! と言えない典型的な日本人ですがなにか?
 腕にかかるずっしりとした重さが俺の今の胸中を表している。
 やる気を出しているデルフには悪いけど、あのバイオ鬼相手に剣なんて効かないって。
 一寸法師じゃあるまいし―――え、もしかして体内に入って攻撃しろって言ってんの!?
「いいかい相棒。ああいう馬鹿みたいな力を持った魔物を封印する時にゃ大抵、なにか特別な道具が鍵になってるもんだ。この世界のルールってやつぁ知らねぇが、どこも似たようなもんに違いねぇ。まずはその鍵を探すんだ! そいつさえ手に入れれば、あの化けもんをどうにか出来るかもしれないぜ!」
「……鍵?」
「そうだ! 鍵だ!」
 いつも土壇場で真価を発揮するデルフ。
 てっきり今回も光ってなんとかしてくれるかもと密かに期待していたが、世の中はそんなに優しく出来てはいなかったようだ。
 だけど、デルフの言葉以外に頼れそうなものはない。端から俺に選択肢などありゃしないのである。
「援護を……頼む」
「ああ。任された」
 ライフルを構えて、龍宮さんは狙いを定める。
 あれだけ大きな的だ。適当に撃っても大丈夫だろうと思った俺はやっぱり素人だったらしい。
 銃声が連続で鳴り響いたかと思えば、バイオ鬼が空に向かって荒々しく吼え始めた。
 闇に目を凝らせば、鬼の右目がぴかぴかと明滅しているのが見て取れる。
 でかい敵の目を狙うのも確かに定石だったわ……迂闊だった。
「今だ!」
「―――“ハーミット・パープル”!」
 こっちが痛い思いをするスタンドを右手にまとわせ、バイオ鬼に向かって先端を奔らせる。
 放って置くと動く物に勝手に巻き付いてしまう困った習性が発動してしまうので、心の中で鬼に伸びろと念じるのも忘れない。
 先端がバイオ鬼の指に絡み付いたのを確認してから一気に引き寄せる。
 大人一人の重量を支えることが出来るわけだから、この茨は決して柔らかくはないだろう。
 つまり、この茨を素手で引き千切りかけていたあの狐の女の人は相当に怪力だったということだ。五体満足のままでお別れすることが出来て本当に良かった。
 そのツケが回ったのか、ここでこうしてバイオ鬼と命懸けの鬼ごっこをするハメになってしまったけど。
 ガーン、ガーン。
 足元からそんな感じの銃声が聞こえている間は大丈夫でしょう。信じましょう、彼女を。
 その気になると十メートル以上伸びる茨を使って、なんとかバイオ鬼の肩まで登山することが出来た俺。
 これも全ては龍宮さんが囮役を買って出てくれたおかげである。またうまいことバイオ鬼の気を引くんだ、彼女は。
 どっこいしょーというノリで登山を終えた馬鹿の前に立って―――いや、浮いていたのは、胸元が大きく開いた巫女っぽい服を着た眼鏡の女性だった。
 開いたっていうより……むしろ、胸を露出していると言った方が正しいような気がしないでもない。
 その場のノリと流れで上って来てしまったが、これは珍しく成功だったかもしれないな。
こういう場合、事件の首謀者が鍵を持っているのは常套なのだから。
 眼鏡さんはまだ俺に気が付いてはいないようだ。
飛んで近付くならまだしも、登山宜しく自力で登って来る奴が居るなんて普通は思わないだろうし無理もない。
 彼女の数メートル前方に浮いているのは、猿と熊を模した着ぐるみっぽいなにかだった。俺がなにを言っているか分からないと思うが、それはこちらも同じである。なんだよ、あれ。
 頭が異様にでかくて、胴体は妙に細く手足はやたらと短い。不恰好にも程がある。
「天ヶ崎千草! お嬢様を返してもらうぞ!」
 猿と熊……だと思う生き物の前で白い羽を広げてカッコよく口上を述べているのは、サイドポニーの女の子。着ている服装を見る限り、どうやら学生さんらしい。
 さすがは米国。ドイツでは未だに実用化されていない(だろう)装着型ウィングを既に実用化しているとは恐れ入る。
 ただ、あの白髪少年のような悪霊をのさばらせているのは感心出来ない。これだけの技術力があるのだから、写影機の一つや二つ作ることが出来てもおかしくはないだろうに。
 サイドポニーの子が手にした長刀を構えて猿と熊に突っ込んでいく。
 立ち位置からして、間違いなく悪役はあの露出狂っぽい女性の方だろう。
 というのも彼女、人質を取っているようなのだ。
 邪魔しちゃ悪いと体の位置を直している時に気が付いたんだが、眼鏡さんの前にはサイドポニーの子とは別の女の子がふわふわしていたりする。
 この子もえらくきわどい衣装―――というか、体を隠しているのが布一枚とかどうよ。おまけに猿轡っぽい御札まで口に張り付いている始末。良くも悪くも、この国の女性は刺激的すぎる。
 だが、ここに来てようやく話の概要が分かってきた。
 あの眼鏡の人は誘拐犯で、身代金目的であの布一枚の女の子を誘拐した。龍宮さん達は彼女を取り返す為に追撃したが、誘拐犯は捕まってなるものかと巨大なバイオ鬼を召喚して抵抗を始めた―――と。こういうわけだな?
 バイオ鬼だけでなく、子鬼も大量に用意するあたりが眼鏡さんの用心深さを表している。
 こっそりと様子を窺えば、二体相手にサイドポニーの子はかなり善戦しているようだ。短い手足から繰り出される攻撃をひらりとかわし、返す刀で着実にダメージを与えていっている。
 眼鏡さんの表情が険しくなっている時点で、勝敗は決したと言っても過言ではないだろう。あとはサイドポニーの子が誘拐犯を懲らしめてくれれば事件は無事解決と。
 俺はまたもや大して役に立っていないけど、そういう星回りに生まれたのだから仕方ない―――そう思っていた時期が俺にもありました。
「おっと、そこまでや! それ以上動けば、お嬢様が巻き込まれるかもしれまへんえ?」
 ニヤリと笑い、眼鏡さんがきわどい格好の女の子を手元に引き寄せる。
手にした御札はぴったりと彼女の首に添えられていた。
 普通に考えたら人質を失う=誘拐犯最強の盾喪失だから、これは単なる脅しなんだろうが……手負いの獣はなにをするか分からない。自棄になって突発的な行動を起こす可能性も十二分にある。
 事実、サイドポニーの子は悔しそうに誘拐犯を睨むだけで、その場から動こうとしていない。
「おやおや、相変わらず甘いどすなぁ」
「くっ……」
 動くことの出来ないサイドポニーの子に向かってジリジリと滲み寄る猿と熊。
「む―――っ!」
 その時、御札を口に張られていた少女がなにかを叫んだ。
誘拐犯の手から逃れるように、拘束された手足を懸命に揺り動かしている。
 涙に濡れたその瞳は切ないほどまっすぐ、サイドポニーの女の子に注がれていた。
「お嬢様……!」
 血が出んばかりに唇を噛み締め、サイドポニーの子が囚われの女の子の名前を呼ぶ。
 これを黙って見て居られるほど、俺は薄情な人間じゃないつもりだ。
 とりあえず、眼鏡さんの注意を一瞬でも逸らすことが出来れば、あとはあのサイドポニーの子が飛行技能を使ってどうにかしてくれるに違いない。勇気を出せ、俺。
 茨は体の固定に使っているので囮には出来ない。
 そうなると、俺に残された攻撃手段はデルフによる斬撃しか残っていないわけで。
「デルフ、仕掛けるぞ」
「さすがは相棒、従者の鏡だね。仕える相手は違っても従者は従者、主の危機は見逃せないってわけかい。まぁ、いいさね。俺ぁ剣だ。相棒の好きなように振るいな!」
「主、か」
 確かに、サイドポニーの子は捕まっている女の子のことをさっきから「お嬢様」と呼んでいる。
立場的には俺もあの子も似たようなものなのかもしれない。
 俺はルイズの使い魔だから、本当だったら俺も「お嬢様」って呼ばないといけないんだよな。
 だというのに、ルイズは俺が呼び捨てにしても怒らないでいてくれる。これがどれほどありがたいことなのか、国を越えて初めて分かった。
 サイドポニーの子が俺ならば、囚われの少女はルイズというわけだ。
「…………」
 そう考えると、妙に闘志が湧いて来た。
いつもと同じ、体の奥底から不思議なパワァが噴き出してくるあの感じ。
 左手の甲が熱を帯び、重かったデルフの重さが一気にゼロになる。
 バイオ鬼の体を蹴り、スタンドを解除。開けた視界に映るは、露出狂の誘拐犯。
 いくら悪人といえど斬りかかるのは躊躇われ、無難に足元目掛けて茨を放つことにした。
 右手に意識を集中させ“ハーミット・パープル”を―――って、出ない!?
 チートとスタンド、奇跡のダブル同時攻撃で決めようと思っていた俺の企みはこうしてあっさり頓挫し。
 スタンド任せで行こうと考えていた思考はハプニングに対応出来ず、左手にデルフを握ったまま眼鏡さんに突っ込むハメになったのでした。
 ……まただよ。

一族の中で忌むべきものとされていた“白い翼”。
 これを彼女に見られてしまったら嫌われてしまう。拒絶されてしまう。
 だからこそ隠し続けた。欺き続けた。
 髪の毛の色も弄り、瞳の色も術を用いて誤魔化した。
 だが、それも今日で終わり。
 ずっと嫌っていた白い翼を広げ、刹那は近衛木乃香を助け出す為に空を翔る。
 自分が決意を固めることが出来たのは、ネギ先生とクラスメート・明日菜のおかげだ。
 こうしている間にも、彼女達は足止めに徹してくれている。
 その想いを無駄にしない為に、刹那は翼を大きくはためかせた。
 木乃香が囚われているのは、リョウメンスクナの右肩。
 振り下ろされる四本の腕を止まることなく回避し、滝を昇るように一条の矢と化して刹那は進む。
 体表すれすれを飛ぶ少女を迎撃するには、スクナの力はあまりに大き過ぎた。
 遠距離ならば口から吐き出す魔力砲でいくらでも撃ち落とすことが可能だが、これだけ近付かれ過ぎては逆に自身の体を傷付けてしまう。
 刹那の狙いはそこにあったのだ。
 途中、龍宮が援護射撃をしてくれたこともあり、白翼の少女は力を温存したまま目的地に到達することが出来た。
 羽を広げて減速し、眼前で驚きの表情を貼り付けたまま硬直している天ヶ崎千草を睨み付ける。
「天ヶ崎千草! お嬢様を返してもらうぞ!」
 手にした愛刀・夕凪を握る手に力を込め、霊力を刀身にまとわせる。
 関西呪術協会に属する千草は呪符使いだ。
 彼等は前鬼、後鬼と呼ばれる二体の式神に詠唱中無防備な自分の身を守らせている。
 恐らく、今の彼女はスクナを制御するので精一杯。
 いくら極東一の魔力を誇る木乃香を利用しているとはいっても、少女はつい先日まで魔法とは無縁の世界で過ごして来た。
 貯蔵量がどれだけたくさんあっても、力を解放する出口がなくてはなんの意味もない。
 本来ならば鍛錬をすることでゆっくりとその入り口を広げていくのが正しい在り方なのだが、木乃香はそれを千草によって無理矢理広げられている状態なのだ。
 例えるならば、水が大量に詰まったタンクに規格の合わない蛇口を強引に取り付け、内部の水を吐き出せている、と言えばまだ伝わり易いかもしれない。
 力の制御など知らない少女はただただ溢れる力の奔流に身を任せることしか出来ず、それを千草が全身全霊を以ってしてスクナへ送っている。
 故に現状の千草に敵対者―――刹那を排除するだけの余裕は残されていなかった。
「くっ、いつの間に近付かれたんや!? 猿鬼! 熊鬼!」
 不愉快そうに顔を歪めた千草が二枚の札を胸元から取り出し、投擲する。
 次の瞬間、札は白煙を発し、その姿を二体の式神へと転じさせていた。
 見てくれは熊と猿の着ぐるみに近い―――子供が喜びそうな形を持つそれが、千草の式神だった。
 二体の式神はその外見からは想像も出来ないほど俊敏な動きで刹那と距離を詰めると、腕の先から生やした爪を光らせ少女に襲い掛かる。
 刹那は二体の猛攻を的確に見切り、最小限の動きでかわすと横薙ぎに夕凪を振るった。
 白刃が白い尾のような残像を伴って闇夜を滑り、一拍遅れて式神の爪がはらりと落ちる。
 たった一撃で武器を失ってしまった二体の式神は分かり易すぎるくらい狼狽していた。
 術者の構成が甘いのか、わざとなのか。猿鬼と熊鬼はその見た目同様に、コミカルな動きを取ることが多々あるのだ。
 一切の感情を捨て、術者の命を愚直なまでに実行するのが式神の優れている点だというのに、どういうわけかこの猿と熊は送還されるのを嫌がり、怯えるような仕草をしたりもする。
 それが相手に与える心理的圧力まで考慮して設定されているのならば見事なものだが、式神相手に怒鳴っている千草の反応を見る限りそれはないだろう。
 爪をなくして戸惑う式神を見据え、刹那は意識を集中させる。
 ただ闇雲に斬ればいいとわけではない。
 明日菜のハリセンのように、叩けばそく送還という便利な機構は生憎と夕凪には搭載されていない。
 霊力を練り上げ、それを刀身にまとわせた一撃で以って式神を送り返す。
 それこそが退魔の剣・京都神鳴流の極意にして基本。
「参る! 神鳴流奥義―――」
 言葉は言霊となり、振るう剣に力を与える。
 掲げた刃に霊力の光が奔り、更にそれが雷へと変換されていく。
 ―――神鳴流奥義・雷鳴剣。
 今か今かと顕現の時を待っていた龍の顎は、しかし千草の発した一言によって虚空へ消えることとなる。
「おっと、そこまでや! それ以上動けば、お嬢様が巻き込まれるかもしれまへんえ?」
 冷水を浴びせられたかの如く、刹那の動きがぴたりと止まった。
 怒りと絶望に染まったその視線の先には、囚われの木乃香の姿がある。
 虚空に体を投げ出し、静かな寝息を立てる少女の首筋には一枚の札が宛がわれていた。
 符術士の札は剣士でいうところの剣に該当する。
 千草が目的の為ならば手段を選ばない性格なのは、以前の戦いで知っていた。
 あの時も彼女は木乃香を盾に用い、ネギの放った捕縛魔法から逃れた経緯があったからである。
 スクナの制御には木乃香の力が必要不可欠だ。彼女の力なくして古の鬼神を操ることは出来ない。
 千草の目的が西の乗っ取り、そして東の掌握にあるのだとしたら、少なくとも目的を達するまでは木乃香を傷付けるようなことはしない……筈なのだが。
「おやおや、相変わらず甘いどすなぁ」
 目付きは鋭いまま、口元に愉悦の笑みを浮かべる千草。
 刀を構えてはいるものの、刹那からは既に戦意は消失していた。
 主の身に危害の加わる可能性が僅かにでもある以上、迂闊な真似は出来ない。
 それが刹那の下した苦渋の決断だった。
「ほな、そろそろ退場してもらいますえ。こう見えて、ウチも忙しい身やさかい」
「くっ……」
 術者の命を受け、二体の式神がじわじわと距離を詰めてくる。
 鋭い爪はなくなったが、彼等にはまだ豪腕が残っていた。
 硬いアスファルトすら粉砕するほどの膂力を有するその一撃を貰ってしまえば、いくら体を気で強化していても無事では済むまい。
 逃げるわけにはいかず、かと言って進むことも出来ず。
 八方塞になってしまった刹那をよそに、木乃香の膨大な魔力を吸って鬼神は蘇りつつある。
 今はまだ下半身が封印されているので移動は出来ないようだが、あれが完全に蘇ってしまっては最後、破壊と恐怖を撒き散らしながら関西呪術協会総本山へ進軍を開始するに違いない。
 自分はまた木乃香を助けることが出来ないのか―――?
 心の奥底で鎌首を持ち上げ始めた疑問を懸命に否定する。
 自分が今ここにこうして立つことが出来ているのは、自分一人の力ではないのだ。
 先生とクラスメート、多くの仲間の願いを受けて桜咲刹那はここに居る。
 諦めてなるものかと奥歯を噛み締め、いつの間にか俯いてしまっていた顔をキッと持ち上げる。
 次の瞬間、刹那の視界に闇より深い黒が映り込んだ。
 彼女が頭に疑問符を浮かべるより数段階早い速度で千草と距離を詰めた黒は、手にした大剣を一閃させる。
 霊力も魔力も付加されていないその一撃は、千草が常時展開しているだろう障壁を容易く切り裂いてみせた。
 術者の脅威を感じ取った式神が刹那を無視し、黒―――黒衣をまとった黒髪の青年に飛び掛かる。
「危ない!」
 一拍遅れて響いた刹那の警告。
 青年は迷うことなく振り向き、大剣の柄を手の中で滑らせた。
 独楽のように掌の上で一回転した大剣の刃が、猿鬼の大きな頭に喰い込む。
 重量と速度の相乗効果によって威力を高められた一撃は、頑強な筈の式神をそのまま縦に両断してみせた。
 白煙を出して送還される猿鬼。
 その隙を突き、熊鬼が青年の背後から腕を振るわんとする。
 しかし、掲げられた手が振り下ろされることはなかった。
 青年の右手がぶれたかと思えば、熊鬼の額に短刀が突き立っていたからである。
 短刀を手にし投げるまでの動作は、刹那の目を以ってしても捉えることが出来なかった。
 あたかも、偶然短刀が手からすっぽ抜けたような―――思わずそう思ってしまうほど、それは洗練された動作だった。
 熊鬼は刺さった短刀を引き抜こうとしているが、腕が短い為にその願いは叶わない。
 四苦八苦する式神の顔面に、大剣の刃が無慈悲に突き立てられる。
 紙風船のように呆気なく破裂する熊鬼。
 固定具を失い落下する短刀を受け取ると腰のベルトに刺し込み、大剣の切っ先を千草に向ける。
 あれだけの全長を持つ大剣だ。あれが全て鋼で出来ているのだとしたら相当な重量があるだろう。
 なのにも関わらず、青年はそれを片手だけで保持している。
 驚くべきは、それを気や魔力の補助を一切抜きで行っていることだろう。
「な、なにもんやアンタ!?」
 イレギュラーの乱入に、千草は目を丸くしている。
 よもや、自力でスクナの体を駆け上がってくる者が居ようなど思いもしなかったのだろう。
 しかし、現実は時として非情である。
 青年は確かにそこに居て、圧倒的な力を示して千草に剣を向けている。
「なにを……しているんだ?」
「―――っ!?」
 面と向かって言われたわけではない。
 だが、何故か刹那にはその言葉が自分に向けて放たれたものだと分かった。
 思考を一瞬で切り替えて翼を広げ、一気に千草と距離を詰める。
「―――しもた!?」
「神鳴流奥義! 雷鳴剣!」
 金の光を伴った斬撃が千草を吹き飛ばした。
 それと同時に、彼女の符術で浮遊していた木乃香の体はゆっくりと落下。
 すぐさま飛び込んだ刹那が彼女の体を抱き抱えた。俗にいうお姫様抱っこである。
 刹那が呪を唱えると、木乃香の口に張り付いていた御札が音もなく消失した。どうやら、あの札は純粋な猿轡としてのみ機能していたようだ。
 あ~れ~と分かり易い悲鳴を伴って吹っ飛ぶ千草の先では、あの青年が大剣の柄を突き出していた。
 直後、布団を叩いた時のような鈍い音が刹那の耳朶を震わせる。
 恐る恐る窺って見れば、大剣の柄が千草の腹に食い込んでいた。
「うわぁ」
 思わず声をあげる刹那。
 彼の足元に崩れ落ちた千草は白目を剥いて気を失っているようだ。
 青年が巧みに体の位置を調節し、衝撃が全て彼女の体に向かうようにしたのだろう。
 同情はしないが、あの痛みを想像するとどうしても顔を顰めてしまう。
「せっちゃん」
 ハッとして視線を腕の中に落とす。
 木乃香はいつもと同じように、ふわふわとした笑顔を浮かべていた。
「このちゃ―――あ、いえ、お嬢様、ご無事ですか?」
「むーっ、また他人行儀な呼び方に戻っとるー」
 ぷーっと餅みたいに頬を膨らませる木乃香。
 苦笑を浮かべ、刹那は腕の中の重さを噛み締める。
 ―――良かった。今度こそ助けることが出来た。
「せっちゃん、その背中の……」
「あ……っ、これは……」
 言葉に詰まる。
 ネギと明日菜には好意的に捉えられたが、木乃香が同じ反応を示すとは限らない。
 此度の一件でたくさん怖い想いもしただろう。辛い想いもしただろう。
 傍から見れば、自分も鬼や烏族のような化け物と変わらないのだ。
 そんな自分と一緒に居て、木乃香は恐怖を感じてはいないだろうか?
 自分のことが……怖くないだろうか?
 思わず表情を強張らせる刹那。
 その頬にそっと木乃香が手を添えた。くすりと笑い、囁くように言う。
「綺麗な羽。なんや―――エヴァンゲリオン量産型みたいやなー」
 さすがは極東一の天然娘・近衛木乃香。
 俺達に出来ないことを平然とやってくれる。そこに痺れる憧れる―――わきゃない。
 善意100%で構成されたその笑顔は、不可視の槍となって刹那の心に突き刺さっていた。
「りょ、量産型……」
 刹那は虚ろな瞳で空を見上げる。
 明日菜の口にしたカ○タムの方が何故かまともな気がしていた。
 相変わらず横文字は苦手なのだが、語感からして嫌な感じしかしない。特に量産型の件が。
「そうや。カッコええよ、せっちゃん! 剣も持ってるし、あとはそれが槍に変形したら完璧や!」
 きゃっきゃと騒ぐ木乃香を遠い目で見詰め、小さな肩を落とす。
 自分の主が明日菜と仲の良い理由が今になってようやく分かった。
「……着地出来そうな場所を探すので、しっかりと捕まっていてください」
 疲れたように告げ、抜き身の夕凪を片手で鞘に仕舞う。
 嫌われなかった点は非常に喜ばしいが……喜ばしいが……素直にそれを享受することの出来ない少女がそこに居た。
 そういえば、木乃香は最近よくレンタルビデオ屋に足を運んでいた気がする。
 ある程度距離を置いて彼女を護衛している刹那には、木乃香がなにを借りていたのかまでは分からなかったのだ。
 彼女のプライベートには極力干渉しないよう、自分は影に徹しよう。そういった護衛精神が裏目に出てしまった瞬間であった。
 もっとも、仮に刹那がその場に居合わせたところで木乃香の選択に異論を挟めるわけがないのだが。
 恐らくは、その「えヴぁ」とかいうのも、そこから仕入れた情報の一つなんだろう。
 胸中で溜め息を吐き、翼をはためかせる。
 視線を少し下げれば、茨状の物体を右手から発生させてスクナから降りているあの青年の姿が映った。その背にはぐったりとした千草が負ぶわれている。
 彼の素性は依然として不明。
 こちらを助けてくれたからと言って、それだけで味方と判断するほど刹那は甘い人間ではない。
 あの青年にはなんらかの目的があって援護した、と考えるのが妥当だろうが、だとするとそれによって発生する彼のメリットはなんなのか? という話になる。
 千草を攻撃しておきながら、出来る限り彼女の身柄を守ろうとしている点から推測するに、西に属する人間―――木乃香の父・詠春に雇われた人物ではなかろうか?
 彼に課せられた任務が木乃香の救出、並びに誘拐犯である千草の確保にあるのだとすれば、その行動もある程度は納得が出来る。
(考えている時間はあまりない、か)
 一人ならば兎も角、今の刹那は木乃香を抱えて飛行している状態だ。
 いくら烏族のハーフでも、人一人を抱えて長時間飛んでいられるほどタフではなかった。
 ネギ達と合流したいが、操者を失ったスクナがどういった行動に出るか分からない以上、このまま低速で空中に留まっているわけにもいかない。
 万が一、青年が敵であった場合は命を賭けて自分が木乃香を守り抜く。
 悲壮な決意を胸に秘め、刹那はスクナが封印されていた大岩から少し離れた浮島にその身を降ろした。


「お嬢様、足元に注意してください」
「えへへ。ありがとうな、せっちゃん」
「い、いえ!? そんな、自分にはもったいないお言葉です!」
 大いに恐縮する刹那と、彼女がまだ「お嬢様」と呼ぶことに頬を膨らませる木乃香。
 傍から見てもとても良い感じの二人のもとに、新たなる影が降りて来た。
 右腕から伸ばした茨を地面に打ち刺し、衝撃を殺して着地する青年。
 背負っていた女性を地面に寝かせると、彼は肩を竦めて溜め息を吐いた。
 咄嗟に刹那が腰に差した愛刀の柄に手をかける。
「……お嬢様、わたしの後ろに―――って、こ、このちゃん!?」
「ウチとせっちゃんを助けていただいて、ありがとうございますー」
 しかし、振り返って見れば木乃香の姿はそこにはなく。
 要注意人物たる青年の眼前で、無防備な肢体を晒していた。
 ペコリと頭を下げる木乃香。
 慌てて刹那が駆け寄ろうとするも、それよりも早く青年の手が少女に伸びる。
「逃げて、このちゃん!」
 最悪の未来が脳裏を過ぎり、刹那は血を吐くような声音で少女の名を叫んだ。
 その声に木乃香が反応し、振り返ったところで―――。
「よく……頑張った」
 青年は穏やかな声でそう言い、木乃香の肩に手を置いた。
 そのままなにをするわけでもなく、すぐにその手を引っ込める。
「……え」
 予想とかけ離れた展開に、刹那が駆け寄った勢いのままつんのめる。
 転倒しそうな体を持ち前の身体能力で建て直し、自分の体を青年と木乃香の間に強引に割り込ませた。
 まだだ。まだ油断するわけにはいかない。
「君も……よく戦った」
 今度は刹那の肩にぽんと手を置く青年。
 殺気の込められていない行動だったが故に、刹那は動くことすら出来ずその場に硬直していた。
「ああ、まったくだ! あんな化け物の懐に飛び込もうなんて考える馬鹿は相棒くらいのもんだと思っていたが、翼人の嬢ちゃんも中々やるじゃねぇか!」
「は、はぁ。どうも―――い、いえ、そうではなく! 貴方達はいったい何者ですか? お嬢様を助けていただいたことに関しては感謝していますが―――こ、このちゃん!? わたしの後ろに居ないとダメやって!」
 刹那の視線の先では、木乃香が青年の背負った大剣を間近で凝視していた。
 カタカタとその鍔が動く度に、楽しげな歓声をあげている。
「せっちゃん、せっちゃん! この剣、喋っとるよ! これもCGなんかな?」
「しーじぃ? なんだそりゃ。俺が喋れるのは伝説だからさ、主の嬢ちゃん。覚えときな」
 鍔が独りでに上下に動き、剣が言葉を発する。
 刹那自身、剣を扱う剣士の端くれ。今まで多くの刀を目にしてきた。
だが、ここまで堂々と口を利く剣と遭遇するのは初めてのことだった。
 困惑する刹那をよそに、木乃香は驚きに目を丸くしながら大剣の柄を指で突いている。
「で、伝説やって、せっちゃん! ウチ、伝説と口利いとるん!? やーん、帰ったらお父様に自慢せんと!」
「おっ、若いのに分かってるじゃねぇか、主の嬢ちゃん。この俺が只者でないことに気付くたぁ、大したもんだ! 良い主を持ったな、翼人の嬢ちゃん!」
「は、はい。それは重々承知しています。あ、いえ、そうじゃなくて!」
「あれは……?」
 刹那に背を向け、青年が浮島の一角を指差す。
 そこにはもともとなにかを奉る社が建っていたらしいが、鬼神の復活による影響からか全て崩れてしまっていた。
 跡に残されているのは木と石の破片、そして台座に突き立っている古ぼけた刀のみである。
「で、ですから……もういいです。あれは祠ですね。恐らくは鬼神を封じた際に、建てられたものでしょう」
 小さく嘆息し、青年の質問に応じる。
 騒がしかったり無口だったりする面子だが、少なくともこちらに危害を加えるつもりはないらしい。
 そう判断し、刹那はとりあえずいくつか警戒レベルを落とすことにした。
 実際に手合わせしていないのでなんとも言えないが、千草との戦闘で見せた青年の技量―――特にその俊敏さは刹那の目を以ってしても完全に捉えることが出来ないほどに速い。
 やろうと思えば、木乃香が無防備に近付いた瞬間に斬り捨てることも出来た筈なのだ。
 更には、ああ見えて、木乃香は人の本心を見抜く才に優れている。
 月詠と出会った時も、彼女の中にある狂気を感じ取り、怯えていた点からもそれは明らかと言えよう。
 その木乃香が親しげに会話を交わし、笑顔を見せている(相手は青年ではなく、彼の得物なのだが)。
 完全に心を許すことは出来ないが、悪い人物ではないらしい。それが刹那の下した結論であった。
「あの……剣は?」
「あれは……儀式用の祭剣では? 見たところ、なにか特殊な力が宿っているわけでもなさそうですし、お飾りの―――形だけの祭具でしょうか」
 青銅製の剣は所々が欠け、無残な姿を晒している。
 宝飾の施されている部位など一切なく、鍔らしきものが残っていなければ只の青銅の棒として処理されていてもおかしくはない―――そんな代物だった。
「ついてるぜ、相棒。あれが“鍵”だ」
「……なるほど。在り来たりな展開だが……分かり易い」
 意味深な会話を交わし、青年が社だった場所へと歩を進める。
 だが、手を伸ばせば剣に届くという距離まで近付いた時、不意にその足が止まった。
 青年が小さく肩を竦める。
「これは……結界?」
 刹那の眼には確かに映っていた。
 青銅の剣を囲むように、光の壁が聳え立っているその光景が。
 青年は自分の意思で歩みを止めたわけではなかった。そうせざるを得なかったのだ。
「しかしどうしてこのような場所に結界が……。しかもこれだけ厳重な結界を」
 幾層も重ね合わせられた結界は、関西呪術協会総本山に張られているものよりも数倍頑強で複雑な造りをしている。
 これを解除するとなれば、腕利きの術者を最低でも十人は用意しなければならないだろう。
 十人が全力で結界破壊の呪を唱え、五日日ほどかかってやっと解除出来るか否か。
 それほどまでの代物を、このような場所に展開させる意味が刹那には分からなかった。
「デルフ……斬れるか?」
 青年が肩の大剣に手をかける。
 だが、そこから返って来た言葉は若干精彩を欠いていた。
「あー、無理だな。間違いなく、俺の方が先に折れちまう」
「……そうか」
「コイツをどうにかするにゃあ……そうだな、虚無を持ってくるかもしくは、馬鹿みてぇな魔力をぶつけりゃもしかしたらどうにかなるかもしんねーな。大抵、こういうのは案外繊細に出来ているもんだ。それを少しでも狂わせることが出来りゃあ……」
 申し訳なさそうに告げる大剣。
 彼(?)の口にした通り、結界を破壊する方法にはいくつかある。
 その内の一つにしてもっとも代表的なのが、外から圧力をかけて強引に術式を焼き切る方法だった。
 これは比較的簡単な方法ではあるものの、結界の耐久度以上の力を必要とする為、札や霊装を始めとする道具の力を借りて行うのが常である。
 他には結界の術式を解析し、薄皮を剥ぐように一つずつ地道に構成式を崩していくという手法もあるにはあるが、これには膨大な時間がかかってしまう欠点があった。
 ちなみに、前者は簡易式の結界を破る際に多用され、後者は複雑な術式を有した結界を破る際に使用されている。
 そして、刹那達の目の前で展開している結界は後者―――それも飛び切り上位に分類されるものだった。
「あ、あの……ウチじゃ力になれませんか?」
 おずおずと手を挙げ、木乃香が一歩前へ足を踏み出す。
「こ、このちゃん!?」
「……あんな、せっちゃん。ウチ、ネギ君や明日菜、せっちゃんに助けられてばっかりは嫌や。ウチだって皆を―――大好きな人達を守りたいんよ。その為やったら、少しくらい痛いことやって我慢出来る」
 刹那の目を見詰め、木乃香ははっきりとそう口にした。
 交差する視線。不安にそうに揺れる黒い瞳の中に、勇気の光が灯っているのを刹那は見た。
 こうなってしまえば、木乃香は梃子でも動かないだろう。
 胸中で溜め息を零し、刹那は改めて青年に向き直った。
「……わたしからもお願いします」
「もちろんだ。……助かる」
 青年がコクリと頷く。
 天を仰げば視界の半分をスクナの巨体が満たしているというこの状況にありながら、彼は焦りの色一つ浮かべていない。
 なにか秘策でもあるのか、だとしたらこの結果の内にある剣が関係しているとしか思えない。
 一見すると単なる骨董品に過ぎないあの剣が、彼等の口にした通り、この事件を解決へと導く“鍵”になるというのか。
 嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。鬼神は不気味なほど沈黙を保っていた。
「よっしゃ、主の嬢ちゃんほどの力がありゃコイツだってなんとかなるだろ! そうと決まれば、こんな結界さっさとぶっ壊しちまおうぜ!」
「……ああ。頼む」
 青年が身を引き、木乃香に道を譲る。
 力を持たない者の目にはなにも映っていないだろうが、こうしている間もずっと結界は展開され続けていた。
 どうやら、一度発動するとしばらく解除されない仕組みのようだ。
「はい!」
 一度深呼吸した木乃香が結界へ手をかざす。
 ここから先は彼女と結界の力比べになる筈だ。
 木乃香の魔力が結界の許容量を上回るのが先か、それとも少女の力が尽きるのが先か。
(このちゃん、頑張れ)
 いつでもその身を盾に出来る位置に陣取りながら、刹那は固唾を呑んでその光景を見守るのだった。

「一つ訊いてもいいですか?」
「……なんだ?」
 邪魔をしないように少し離れたところで見守っていると、不意にこのちゃんが声をかけてきた。
 ちなみに、俺が彼女のことを「このちゃん」などと馴れ馴れしく呼んでいるのは、それしか呼び名を知らないからである。
 もう一人の背中から羽の生えた女の子のことは、あくまで心の中で「せっちゃん」と呼ぶことにする。
「えっと、どうやればいいんでしょう?」
 ……むしろ俺が訊きたい。
 黒い大きな瞳一杯に疑問符を浮かべ、このちゃんは困ったように首を傾げている。
 力の使い方など俺が知る由もないので、いつも通りあとは伝説に丸投げすることにした。
「……デルフ」
 大剣を地面に突き立て、腕組みをして更に後ろに下がる。
 このちゃんのいう“力”がなんなのか未だに理解出来ていない俺だけど、彼女があのバリアを壊すことの出来る唯一の存在だということは辛うじて分かる。
 素人目にはボロの剣にしか見えないあの鍵だって、このちゃんやせっちゃんにはとても貴重で素晴らしい物に映っているに違いない。
 そのまま見守り続けていると、デルフのアドバイスを受けたらしいこのちゃんがぎこちない手付きで印のようなものを組み始めた。
 なんだろう? 分身の術でもするんだろうか?
 実際のところ、デルフが「結界」と言っている代物など俺には見えていなかったりする。
 ただ、剣を取ろうとしたら硝子のような見えない壁にぶつかったので、なんらかのバリアが張られていることに間違いはないのだろう。
 硝子なら思いっきり叩けば割れるけど、このバリアは特注製でそうはいかない。
 防弾ガラスの一種じゃないかと密かに俺は予想している。
「せーのっ」
 このちゃんが裂帛の気合(?)を発すると、硝子の砕けるような音があたりに響いた。
 なんという分かり易い展開。
 この中でただ一人、結界が見えていない俺としては非常に助かる。
 腕組みを解くと、デルフを地面から引き抜いて鞘に仕舞う。
 このちゃんの様子を窺えば、額に大粒の汗を浮かべ、肩を大きく上下させていた。
 ―――だ、大丈夫!? ちょっと休んだ方がいいんじゃない!?
「このちゃん、なんともない!?」
「へ、へーきやよ。こんなん、せっちゃんが今まで頑張ってくれた分に比べたらなんともないわ」
 顔を青くして駆け寄るせっちゃんに、このちゃんは精一杯の笑顔を見せている。
 俺より十近く年下だろう女の子がこれだけ頑張ったんだ。
 ここで俺がヘタレてしまっては、男として生んでくれた両親に顔向けが出来なくなってしまう。
 覚悟を決め、台座に突き立っている青銅の剣の柄を握る。
 相当深く刺さっているらしく、ちょっと引っ張った程度じゃびくともしない。
 どうしようと戸惑っていると、やけにテンションの高いデルフが俺の背中で叫んだ。
「相棒、意識を集中させろ。大事なのはイメージだ。いいな、コイツが祭具だとかいう発想は捨てろ! コイツは武器だ! あの馬鹿でっかい化けもんをぶった切る為に作られた剣だ! 武器である以上―――相棒、お前に扱えないもんなんてこの世には存在しねぇ!」
「―――っ!」
 これは武器。ぼろいけど武器。折れそうだけど武器。錆びているけど武器。剣。多分、剣。きっと剣?
 ……あれ、その発想で行けば転がっている鉄パイプや木の棒でさえ武器になるような。
 何というZERO版バーサーカー。これをチートと言わずしてどうする。
 よいしょ―――っ!
 胸中でおっさん臭い掛け声をあげ、渾身の力を以って剣を引き抜く。
 デルフのアドバイスが良かったのか、さっきとは打って変わってすんなりと青銅剣は台座からすっぽ抜けた。
 臆病風のナイフより少し長い程度のその剣を両手でしかと握る。
 耳朶を打ち据える轟音に顔を上げれば、またしてもバイオ鬼と目が合った。
 咆哮が大気を揺さぶり、湖面を激しく波立たせる。
 ……で、これを使っていったいどうしろと?
 一応、青銅剣を構えてはみるが、バイオ鬼は一向にビビってくれない。むしろ、やる気満々という感じである。
 ものすごい怖い目で睨まれているんだけど……俺、何かあいつにしたっけ?
 バイオ鬼の肩に乗っていたメガネの人に、体当たりしそうになったことを怒っているんだろうか?
 兎にも角にも、どう頑張ってもこの短い骨董剣一本で状況を打開出来るとは思えない。
「オォォォォォォッ!」
 バイオ鬼がその大きな口を開ける。
 口腔内に収束する光の粒子。
 どう見ても粒子加速砲です、本当にありがとうございました。
 一抹の期待を胸にチラリと振り返れば、疲労からかとろんとした目をしているこのちゃんと視線が交差した。
 こんな状況にも関わらず、にこりと微笑むこのちゃん。
 馬鹿な俺でも分かる。彼女は信じてくれているのだ、会って間もない俺のことを。
 どうしてだろうか?
 まったく似ていない筈なのに、このちゃんのその笑顔がルイズのそれとダブって見えた。
「―――っ! 来るぞ、相棒! 見せ付けてやれ! “伝説(ガンダールヴ)”の力ってやつを!」
「応っ!」
 左手の甲が光と熱を放っている。
 刹那、頭の中に流れ込んで来る青銅剣の正しい使い方。
 …………え、マジで?
 シリアスな流れをぶった切るようで申し訳ないけど、本当にこれでいいのか?
 自信はまったくないが、今はる~んの力を信じる他はない。
 青銅の剣の刃の部分を掴むと、ぐいと引っ張る。
 えーっと、あとはこのまま左に三回回してから右に二回半回して、もう一度刃の部分を強く引っ張ると。
 そうするとあら不思議。青銅剣は携帯用ステッキの要領で伸び、一本の槍に変形するのだった。
 なんというかこの仕組み、エジプトが舞台の映画で見たことがあるようなないような。
 というか、最初の形態が剣だった意味がまるでない。
 匠の遊び心という奴でしょうか?
「零号機、投擲姿勢~」
「了解」
 後ろから聞こえた声に釣られて、体を捻る。
 左手に握った槍を弓のように引き絞った。
 ぎしぎしと軋みをあげる―――俺の体。
 るーんの力で強化している間は脳内麻薬全開なので、恐怖は兎も角、痛みはあまり感じない。
 もっとも、その分あとでフィードバックするダメージは相当なものなのだが。いつも。
「目標、第……兎に角、投擲や~」
「貫け―――“ロンギヌス”」
 名前は適当。この流れに乗ってしまった以上、こう口にする他なかった。
 実際のところ、この剣に銘というものは存在しない。
 光っている(衛星受信している)間はいかなる武器も自在に扱うことの出来る伝説のチート・ガンダールヴ。
 るーんの情報が確かならば、この剣もどきの槍は近くの遺跡から出土したものらしい。
 発掘当時はかなりの魔除けの力を放っていたようで、その力を利用することで昔の人はリョウメンスクナを封じ込めることに成功したのだとか。
 十八年前に一度封印が解けかけた時も、この青銅剣もどきを楔として用いることでなんとか再封印出来たようである。
 魔除けとか一見さんお断り的な怪しい単語が出て来たが、まあ要するにこれはあのバイオ鬼の制御装置なんだろう。いや、むしろ安全装置と言うべきか。
 ……今更だけど、いいのか。そんな大事なもん、引っこ抜いちゃって。
 おまけに、今は緑色をした槍に変形してしまっているし。
 自宅に利用明細とか送ってきたらどうしよう。
 そんなことを頭の隅で考えつつ、るーんに突き動かされるようにして手にした槍を渾身の力で投擲する。
 届け、俺の想い(お願いですから、帰ってください)。
 音速の壁をぶち抜くような真似こそしなかったものの、投げた槍はかなりの速度を伴ってバイオ鬼の顔面へ伸びていく。
『オォオオオオォォォォ―――ッ!』
 迫る槍を脅威と捉えたのか、バイオ鬼はロンギヌス(偽)を先に迎撃しようと決めたらしい。
 口腔内を収束していた光が解き放たれ、一直線に元剣現槍へと伸びていく。
 俺はその様子を呆然と眺めていることしか出来ない。
 いやいや、だって俺って飛び道具とか一切装備してないし。
 臆病風のナイフを投げ付ければそれなりの飛距離は出るけど、あの巨大ビーム砲の前では焼け石に水だろう。触れた途端に蒸発である。
 あとはもう古代の神器と称されていた剣もどきの耐久力に賭けるしかない。
 そうこうしている間にビームと青銅槍が虚空で激突した。
 驚くべきことに、じりじりと青銅槍がビームの濁流にもめげず突き進んでいる。
 流石は古の青銅槍。神器という称号は伊達ではなかったらしい。
 とは言うものの、今のところ何とか槍が踏ん張っているというだけなので油断は出来ない。
 外側は恐らく無表情で、内側でハラハラしながら見守っているとデルフが慌てたように叫んだ。
「相棒、零れ弾が来るぞ! 構えな!」
「お嬢様、わたしの後ろに!」
 僅かに遅れてせっちゃんが凛々しく声をあげ、このちゃんがわたわたしつつ翼を広げた少女の後ろに隠れる。
 注意された通りデルフを盾のように構え、横目で少女達の様子を確認していると、不安そうにこちらを見詰めるせっちゃんと目が合った。
 見た目からしてひ弱そうな俺のことを心配してくれているのかもしれない。いい子だなぁ。優しいし。
 ―――助けが必要ですか?
 そんな感じの視線をひしひしと感じたので、即行で首を縦に振る。
 ―――是非とも助けてください! このままじゃ死んでしまいます! 命ロストしたくないです!
 見事な会話のキャッチボールだと感心するがどこもおかしくはないな。
 意思疎通は十二分に出来たと思うので、目線は前へ引き戻す。
 敵に背は見せられないとかカッコいいことを言うつもりは微塵もない。
 ただ、こうしていないと不安で堪らなくなるだけである。
デルフのライフドレインがどれ程の物かは知らないが、お零れとは言えバイオ鬼の光の吐息を全部吸い込めるとは到底思えない。
 最悪、家族の土産が柄だけになってしまう可能性があった。
 何かと愛着も湧いてきているし、戦闘じゃあ頼りになるから出来る限り大切にしていきたいとは思っているんだが。
 ……まあ、そうなった場合、俺も無残な姿で家族の元に帰るハメになるだろうけど。
「―――四天結界独鈷錬殻ッ!」
 ―――へ?
 せっちゃんが俺の少し後ろでぶつぶつ言っているのには気付いていた。
 凛とした叫び声が背中を突き抜けた次の瞬間、氷が結晶化する時のような音が俺の耳朶を打つ。
 慌てて肩越しに振り向けば、二人の少女が三角錐のバリアの中で身を寄せ合っていた。
 ……あーそう。仲間外れか。まあいいよ、もうこういう展開にも慣れているし。
 さっきのせっちゃんの視線の本当の意味はあれだろ?
 この結界は二人しか入れないからごめんなさい。自力で生き延びてください。
 ―――とかそんな意味だったに違いない。
 優しい子だから良心が咎めていたのだろうが、使命に従って自分の御主人様を優先したというわけだ。
 これは仕方ない。使い魔だったら誰だってそうする。俺もそうする。
 残った問題と言えば―――。
「オォォオオオオオオオオォォォッ!」
 どうやってこのブレスを回避するか、だな。
「来るぞ―――っ!」
「……来い」
 もうこうなったら自棄だ。
 歯を食い縛り、大剣を握る手に力をこめる。大事なのはリズム感だ。
 小学生の時、マイムマイムで同級生の足を思いっきり踏ん付けてしまったことはこの際忘れるんだ。
 第一波―――来て欲しくないけど、来る!
 幾分か青銅剣との接触によって威力は落ちているものの、本来ならば今居る小島くらい容易に消し飛ばせる程の威力を誇るビーム砲だ。
 零れ弾一発ですら、当たってしまえば簡単にあの世行きのチケットに変わるだろう。
 切り裂かれたビームの残滓が真っ直ぐこっちに向かって来る。
 だがしかし、しょせんは科学の産物だ。
 ビームは絶対に曲がらない。これは常識なのである。
 ホーミングレーザー? いや、あんなのSFの産物だから。ここ、悔しいけどリアルだから。
 目に見える速度で飛んで来るビームっていうのもどうかとは思うが、これは製作者のちょっとした優しさだろう。
 ドキドキしながら慎重に且つ迅速に体を横にステップ移動させる。
 これでビームは俺が今さっき立っていた空間を突き抜け、明後日の方向に行くという寸法さ!
 ―――って、曲がんな!? 
 通り過ぎると思っていたビームは視えない糸でも付いていたかのように、回避した筈の俺へ戻って来る。
 ビームが曲がるだけでなく追尾機能まで持っているとは、流石は軍事大国アメリカと言ったところか。
 まあ、褒めている場合じゃないんだけれども。
 だいぶ疲労が蓄積している今、取れる行動もある程度限定される。
 既に左手のるーんの光は弱々しく、いつ消えてもおかしくない状態だった。
 避けて失敗して消し炭か、真正面から受け止めて消し炭か。
 考えている間に、ビームはもう目の前まで迫って来ていた。
 結局、選択肢はこれ一つってわけか……ちくしょう。
「がぁ……っ! コイツぁまた強烈じゃねーか……っ!」
「堪えろ、デルフ……! ここで退いたら……死ぬぞ!」
 ―――俺が! 主に俺が!
 ビームと大剣が接触し、支える俺の体が後ろへ押し出されていく。
 これだけの熱量をデルフが全て吸収出来る筈もなく、今は奪うことよりも捌くことを主眼に置いて力を働かせているようだ。
 とは言っても、現状は急流に細い木の棒一本を支えにして挑んでいるのと同じだった。
 いずれ棒は圧し折れ、俺は何処へと流されていく運命にある。
 気付けばるーんの光は消えていた。普通に絶体絶命である。
 せっちゃん達が無事かどうか確認する余裕など全くなかった。
 少しでも体を固定しようと、“ハーミット・パープル”を具現化させる。
 楔のように地面に突き刺し、チートの消失によって低下した筋力を補う為に大剣全体を覆うようにして残りを巻き付ける。
 当然、ビームと接触した部分は一瞬で消滅するわけだが、幸いなことに傷みのフィードバックはないようだ。
 俺の精神力が枯渇しない間は恐らく茨は発現し続けるだろう……と切望。
「そういうことか……! やるじゃねぇか、相棒。これなら何とか持ち堪えられる!」
「……ああ」
 よくは分からないけど、デルフからお墨付きをもらった。
 茨を巻き付けたことで体の重心が安定し、転び難くなったとかそんな感じだろうか?
 ビームの影響でピカピカする視界には、赤く染まった俺の右手が映っている。
 既に右袖は肘あたりまで消し飛んでいた。中身は感覚があるから大丈夫か……?
 粒子砲を喰らったのなら血が出るレベルじゃ絶対に済まないので、これは十中八九、スタンドによる自傷だろう。
 痛みに耐性があるとは言っても、見ているのはやっぱりきつい。
 だからと言って、ここで目を瞑るわけにはいかない。
 瞳を閉じただけでスタンドが解除されることはないだろうが、目を背けると普通に恐怖に負けそうだ。
「必ず……生きて―――」
 帰る! この際、日本じゃなくてもいいから! ドイツでいいから! 米国以外ならどこでもいいから!
 地面に刺さった茨がビームの勢いに負けてすっぽ抜けていく。
 スタンドの連続使用、チートの強引な発動。そしてさっきの無理矢理な投擲運動。
 疲労ゲージはとうの昔に限界突破している。
 今の俺を支えているのは、たった一つのシンプルな欲求。生存欲に他ならない。
 デルフに巻き付いていた“ハーミット・パープル”がブチブチと嫌な音を立て始めたその時、唐突にかかっていた圧力が消失した。
「……っ!」
 ビームの流れに負けまいと、持てる力全てを使って大剣を押し出していた為に、勢いよく前のめりに倒れてしまう。
 その衝撃でデルフはカランコロンと地面の上を滑っていく。
 またかよ!? とか聞こえた気がするから壊れてはいないんだろう。良かった、良かった。
 それにしても鼻をぶつけて地味に痛いし、何だかすごく恥ずかしい。
 どうやらコケた拍子に唇を歯で切ってしまったらしく、口の中に錆びた鉄の味が広がっていく。
 ま、まあ、誰にも見られてないから大丈夫―――って、せっちゃんとこのちゃんのことすっかり忘れてた!?
 見る限り、あまり強そうに視えない三角錐の中に閉じこもっていたから心配だ。無事だろうか?
「この体たらく……我ながら情けない」
 胸中で苦笑しつつ、体を動かす。
 転倒した際、若い人は反射的に手を前に付いたりしてある程度自動で受身を取れるとどこかで聞いた覚えがある。
 その説が正しいとすると、いくら疲れていたからと言っても地面に顔を強打した俺はもう年寄りということだ。
 もうね、本当に情けない。これでもまだ二十台前半なんだが。
 幸いにも上半身を起こす力だけは残っているらしい。
 半身だけをそっと起こし、地面に両手をついて……ちょっと休憩タイム。
 チートなしでデルフを装備していたから腕が筋肉疲労で麻痺しているようだ。
 小刻みに痙攣してはいるものの、茨で皮膚を削ってしまった以外に大した怪我はない。
 正直、この程度のダメージで済んだことが今でも信じられなかった。
 やっぱり、デルフの貢献が大きいんだろうなぁ。本当に頼りになるドイツ製だ。
 ……さーて、そろそろ覚悟を決めて振り返るとしようか。
 これ以上時間を引き延ばしたところで何も変わらないのである。
 最悪な光景が頭を過ぎるが、ここはあの三角バリアの強度を信じるしかない。
 恐る恐る肩越しに振り返る。
 そこに広がっていたのは悲劇的な光景―――ではなく、淡く光を放つ三角バリアが余裕綽々といった感じで二人の少女を守り抜いた勇姿だった。
 米国製のバリアの強度は尋常ではなかったらしい。
 これは何としてでも帰る前に買っておかねばなるまい。また一つ目標が増えたな。
「無事な……ようだな。良かった」
 ほっとして安堵の息を吐く。
 安心して力が抜けてしまったらしく、支えにしていた両腕がカクンとなって再び地面とキスする俺であった。
 土の味を噛み締めながら顔を横に向け、ピントを二人の少女に合わせる。
 息を吐いた時に顔の表情も僅かに緩んだかもしれないけど、まあどうせ気付いてもらえないレベルだろう。
 せっちゃんもこのちゃんも優しい、可愛い、良い子と三拍子揃った素晴らしい女性。
 一人の男として、彼女達の無事を心から祝福するのは当然だった。
 そうしている間にバリアの効力がなくなったらしく、このちゃんが駆け寄って来た。
 あのビームが余程怖かったんだろう。その大きく愛らしい瞳は涙で濡れている。
 身に着けているの布だけでしょ!? み、見えちゃうからダメだって!
 くそっ、こうなったら俺が彼女から視線を外すしかない。
 勢いよく顔を下に向けたまでは良かったものの、直後首からものすごい嫌な音が響いた。
 い、今、絶対に首の骨が欠けた。間違いなく欠けた。
 そんな絶望タイム真っ只中に新たな足音が聞こえたので、首を労わりながら少し遅れてやって来るせっちゃんに目を向ける。
 彼女も泣いてこそいないものの、不安そうに顔を歪めていた。
 やけに長い刀を軽々と振り回しているけど、せっちゃんも女の子だからな。
 あのビームが本当に怖かったんだろう。俺も心の中で泣き叫んでいたからよく分かる。
 位置的に祠は真っ先に消し飛んでしまったし、今度からあの剣もどきをどこに収納しておけばいいのか―――ん? そういや、あの剣もどきはいったいどうなったんだ?
 俺の希望としては、あのバイオ鬼のビームと対消滅ぐらいしてくれれば万々歳なんだけど。
「……すまない」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
「だ、大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
 差し出されたせっちゃんの手を取り、立ち上がる。
 ポタポタと袖から血が垂れているのを見て、このちゃんが顔を青く染めていた。
 自分の体を覆っている薄布で止血しようとするのを、全力で止める。
 あまりの全力っぷりに、もしかしたら久しぶりに表情が表に出たかもしれない。
 そしてこの怪我についてだけれども、見た目は酷いかもしれないが茨を出す度に吹き出た血が服に吸い取られた結果こうなっただけなので、痛みはそれ程でもない。
 むしろ、狐さんから始まったこの一連の流れを経て、この程度で済んでいることを喜ぶべきだろう。
「それよりも……奴はどうなった?」
 これ以上この話題に触れていると、いつこのちゃんが一線を越えてしまうか分かったもんじゃないので半ば強引に話を変える。
 バイオ鬼と勝手に名付けてしまっているけど、本当は別の名前があるのだろうあの鬼にも。
 さっきからやたらと静かなのでおかしいとは思っていたが、もしかして龍宮さんがやっつけてくれたんだろうか?
「あちらを」
 せっちゃんが一点を指で示す。
 視線をそれに合わせて動かせば、四つの腕を空に掲げた状態で停止しているバイオ鬼が立っていた。
 どことなく無念そうな雰囲気が伝わって来る。
「止まっとるなぁ」
「……ああ。止まっているな」
 このちゃんの感想に相槌を打つ。
 バイオ鬼は先程までの大暴れが嘘だったかのように、ぴくりとも動かない。
 おまけに、心なしか体色が灰色っぽくなっているような気もする。
 脱皮? 脱皮の前兆ですか?
 だとしたら今の内に逃げるなり、足元に落とし穴や痺れ罠を仕掛けるべきだと思う。
 よく観察してみれば、バイオ鬼の額から緑色の光が一条漏れ出していた。
 ビーコン……いや、どっちかと言うと閃光麻酔弾関係か? だったらやっぱり龍宮さんがやってくれたんだろう。
 うわっ、嬉しい! 死にそうになりがらも何とか生き残ることが出来た! 毎回似たような思いしているけど、この安堵感は一生飽きない筈だ。
 それにしてもまあ、本当にあの人には頭が上がらないな、全く。
 拉致に近い形で―――ぶっちゃけ拉致されてドイツ、米国と二カ国を秘密裏に渡ったわけだが、まさか二つの国で同じように年下の女性に守ってもらうことになろうとは。
「龍宮に……礼を言わねば、な」
 自分に言い聞かせるように小声で口に出しておく。
「は、はい!」
 ……どうしてせっちゃんが返事するんだろう?

結界は木乃香の頑張りもあって破壊された。
 魔法という存在自体知らなかった少女は慣れぬ力の行使で疲れ切っている。
 だが、額に玉のような汗を浮かべ、大きく肩で息をしながらも木乃香は嬉しそうに笑っていた。
 少女は言った。
 自分の力が役に立てたことが嬉しい、と。
 魔力の消耗こそ激しいが、しばらく休めば木乃香は回復するだろう。
 主の肩を支え、刹那は大きく息を吐いた。
 彼女の意思を尊重したことに後悔はない。
 しかし、だからと言って不安が消える筈もない。
 実際、木乃香が結界に魔力を放出している間、刹那は生きた心地がしなかった。
 魔力は水と同じだ。
 一歩使い方を間違えてしまえば、容易く命を奪っていく。
(このちゃん、無事で本当に良かった……)
 木乃香は不安そうな視線で一点を見詰めていた。
 その先には、儀礼剣を引き抜こうと柄に手をかけている謎の青年が立っている。
 体に妖の血を宿している刹那の目には、地面から伸びた無数の鎖が儀礼剣を雁字搦めに縛っている光景が映し出されていた。
 あれも一種の結界なのだろう。
 但し、今さっき木乃香が魔力を流して強引に砕いたものとは、その構造は明らかに異なっていた。
 恐らく、あの結界は担い手を選別する為のものだ。
 直接目にしたことはないが、強力な力を内包した神器は持ち主を自ら選別すると聞いたことある。
―――“ついてるぜ、相棒。あれが“鍵”だ”
 あの大剣は儀礼剣のことを確かに鍵と言った。
 果たして、鍵とはいったい何なのか?
 刹那の視界の先で、青年が儀礼剣を引き抜こうと力を込める。
 その左手の甲が微かに光を放っていた。
「わぁ。せっちゃん、あれが伝説の力なんかなぁ?」
「そう……なのでしょうか? 私もあの人とはさっき会ったばかりなので」
「そうなん? ウチ、てっきりせっちゃんのお友達やとばっかり思っとったわ」
 ほわほわと微笑む木乃香。
 確かに刹那もあの青年も“剣士”という共通点があるので、武器に詳しくない木乃香から見れば二人は同業者―――というより、共通の趣味を持った友人のように映ったとしても無理はない……のか?
 実際のところ、刹那が使っているのは野太刀という列記とした日本の刀であり、青年の用いている大剣とは辿った歴史も扱い方も全く異なる得物である。
「オォォォォォォッ!」
 唐突に響いた咆哮。
 天よ砕けろと言わんばかりの大声量が、京の夜に木霊する。
 リョウメンスクナはその狂気に満ちた眼光を地上の一点に注いでいた。
 古の神器、それを引き抜き正眼で構える黒衣の青年へと。
「せ、せっちゃん……」
「大丈夫です、お嬢様。お嬢様はわたしが命に懸けてもお守り致します」
 直接見詰められているわけではないのにも関わらず、スクナの体からは異常な殺気が満ち満ちている。
 それを真っ向から受け止めている青年は恐怖の欠片も見せず、悠然と待ち構えていた。
 スクナが再度咆哮する。
 木乃香の力で制御されていた時とは違う、どす黒い敵意をその双眸に宿して。
 空き放たれた口腔。
 その奥に広がる深遠に光が収束していくのを確認し、刹那は身を強張らせた。
 刹那の体に縋り付く木乃香もまた、その小さな体を震わせている。
 そんな最中、不意に青年が肩越しに振り返った。
 流れる風によって長い前髪に隠されていた素顔が露になる。
 最初に会った時には恐怖心すら抱いた漆黒の瞳。
 木乃香の体から若干力が抜けたのを感じ、刹那が隣に視線を向ける。
「俺に任せろ―――やって、せっちゃん。なんかウチ、さっきからあの人に頼りっぱなしやな。全部終わったら美味しいものでもご馳走せなな」
「……お嬢様」
 そう言って、少女は静かに微笑んでいた。
 先程までの怯える素振りが嘘だったかのように、笑顔の花を咲かせている。
 眼は口ほどに物を言う。
 もしかしたらあの青年は、木乃香を安心させる為にわざと振り向いてみせたのかもしれない。
「―――っ! 来るぞ、相棒! 見せ付けてやれ! “伝説(ガンダールヴ)”の力ってやつを!」
「応っ!」
 大剣の声に応じるように、黒衣の青年が手にした剣を構える。
 それが青年の背に隠れ、再度現れた時にはその形態は一変していた。
 柄が一メートルほど伸び、刃も少し長くなっているその姿は剣というよりも槍に近い。
 刹那が戸惑っている間にも刻々と事態は進展していく。
「零号機、投擲姿勢~」
「了解」
 木乃香の声に合わせるように、青年が槍を後ろ手に引き絞る。
 これも恐らくは、必要以上に彼女を怖がらせない為の措置なのだろう。
「目標、第……兎に角、投擲や~」
「貫け―――“ロンギヌス”」
 一歩、二歩、三歩。
 踏み出した足が大地を捉え、その体が弓のように大きくしなる。
 思わず見惚れるようなフォルムから放たれた翠の槍は夜の大気を切り裂き、一直線にスクナへと伸びていく。
 迫る標的を脅威と認識したスクナが槍目掛けて魔力砲を解き放つ。
 ただの青銅剣にしか見えなかったそれが、青年の手によってかつての力を取り戻したとでもいうのだろうか。
 蒸発してもおかしくない閃光を苦もなく引き裂き、翠の槍は地から天へと昇る一筋の流星と化し突き進む。
 常識を逸するこの光景を前にして、刹那は呆然と青年の背を見詰めていた。
「相棒、零れ弾が来るぞ! 構えな!」
 青年の大剣が警告を発する。
 ハッとして意識を引き戻した刹那が見たのは、翠の槍によって裂かれた魔力砲の一部が雨のようにこちらに降り注いでくる悪夢のような光景だった。
「お嬢様、わたしの後ろに!」
 木乃香を背に庇うように前に出る。
 槍との接触によって威力はだいぶ削られているものの、それでもこの小さな浮島ごと自分達を吹き飛ばす程度の力は残している筈だ。
 連戦による連戦で既に疲労はピークに達している。
(せめてお嬢様だけでも……っ!)
 悲壮なまでの決意を宿し、両手で印を組む。
 残った体力の全てを気に変換し、練り上げる。
 四方に独鈷を放ったところで、青年がこちらを見ていることに気が付いた。
 ―――自分達のことだけに集中しろ。
 その瞳が静かに―――力強くそう告げていた。
 青年は印を組むわけでも札を取り出すわけでもなく、大剣を盾のように構えて静かに呼吸を整えている。
 実力は元より、潜った場数も彼の方が遙かに上なのだろう。
 この状況に陥って尚、他者のことを案じていられるのがその証拠だ。
 ―――分かりました。お嬢様は必ず私が!
 同じく視線で言葉を返し、限界まで練り上げた気を一気に開放させる。
 イメージするは強固な盾。いかなる攻撃も弾き返す無敵の盾。
「―――四天結界独鈷錬殻ッ!」
 密度を極限にまで高めた気が結晶化し、水晶のように透明度の高い壁へと変化する。
 刹那と木乃香を囲むようにして展開された三角錐の結界。
 これこそが、神鳴流対魔術絶待防御―――四天結界独鈷錬殻。
 万全の状態で発動させれば、術者の技量を遙かに上回る相手の魔法すら凌ぎ切ると言われる神鳴流防御術の奥義。
 まとまったスクナの砲撃ならまだしも、今の分散した砲撃ならば苦もなく受け止めることが出来る代物だ。
 そう―――刹那が万全の状態であったならば。
「―――くっ」
 術を行使した反動で飛びそうになる意識を気合だけで手繰り寄せ、繋ぎ止める。
 強固な壁を維持し続けるには常時、術式に気を送り込まなければならない。
 一度途絶えてしまえば最後、自分も―――そして命に懸けても守り抜くと誓った主も無事では済まないだろう。
 魔力砲が地面に衝突する度に、立っていることすら困難な衝撃が刹那の体を襲った。
 吹き荒れる暴風、舞い上げられた砂粒がガリガリと障壁を削っていく。
 否、削られているのは刹那の気力―――心だ。
 衝撃が大地を揺らす回数と比例するように、少女が吐き出す荒い息の回数も増えていく。
 ここにきて、気合と根性だけで動かしていた体がついに限界を迎えてしまったのだ。
「せ、せっちゃん!? もういい、もう頑張らんでいい! ウチがやるから、ウチが何とかするから―――だから……っ!」
 刹那の異常に気付いた木乃香が涙を流しながら叫ぶ。
「わたしは……大丈夫です。今度こそ必ず……最後までお守りすると誓ったのですから」
 歯を食い縛り、大粒の汗が頬を伝っていく中、刹那は気丈にもそう言って微笑んでみせた。
 そう、それはあの日果たせなかった遠い約束。
 ―――“守れなくて……ごめん、このちゃん”。
 濁流に呑まれ、意識が漆黒に染まっていった。
 ―――“ウチ、もっともっとつよおなる”
 掴めなかった手を。守れなかった誓いを。
 ―――“せっちゃん、助けて”。
 今度こそ―――守り抜く!
「―――っ!」
 刹那の目に再び闘志の炎が宿る。
 彼女の意志に応えるように、崩れかかっていた結界が再び光を取り戻した。
 光り輝く壁の向こう側には、こちらに迫り来る一際大きな魔力砲の欠片が見て取れる。
 持ち直したとは言え、それはあくまで一時凌ぎに過ぎない。
 この障壁ではあの一発を食い止め切れるかすら分からなかった。
(凌げるか? じゃない! 凌ぎ切る!)
 来るべき衝撃に備え、刹那は意識を張り詰めさせる。
 障壁にかかる最初の負荷、それさえ堪えることが出来れば何とかなる―――いや、何とかしてみせる。
 じょじょに視界を染めていく白の凶光。
 その時、不意に白の中に黒い影が飛び込んだ。
「なっ―――」
 刹那が目を見開く。
 スクナの魔力砲と黒の影が真っ向から衝突し、拡散した余波が浮き島を抉った。
「すごい……」
 木乃香が呆けたように呟いた。
 大剣を盾のように構えた青年が、その体一つで身の丈の倍程ある光線を防いでいるのだから無理もない。
 しかし、刹那の表情は依然として晴れなかった。
 こうしている今も、青年の体は魔力砲の勢いに押されて下がり続けている。
 そもそも、人の身でアレと正面から対峙すること自体が愚かなのだ。
 それは青年自身が一番よく理解しているだろう。
 では、何故彼は愚行とも言える行動を選択したのか?
「堪えろ、デルフ……! ここで退いたら……死ぬぞ!」
 大剣が切羽詰ったような声をあげ、青年がそれを誡める。
 彼一人ならば、この程度の攻撃を避けることなど造作もないに違いない。
 ―――ここで退いたら死ぬ。
 それが誰のことを指しているか、考えるまでもなかった。
「あ―――っ、あかん!」
 木乃香の悲痛な叫び声が耳朶を打つ。
 刹那が意識を引き戻した時、事態は新たな局面を迎えていた。
 このままでは押し切られる。
 そう判断した青年が腕から茨を発現させ、楔のように大地に突き刺したのだ。
 彼の腕だけでなく大剣にまで絡み付いたそれは、養分を吸収するように膨大な魔力を大地へ逃がしていく。
「そういうことか……! やるじゃねぇか、相棒。これなら何とか持ち堪えられる!」
「……ああ」
 大剣の言葉通り、この方法ならば魔力砲を凌ぐことが可能だろう。
 だがその代償として―――。
 木乃香の視線は青年の右腕に釘付けになっていた。
 刹那もまた主の少女と同じように、彼の右腕だけを見詰めていた―――見詰めることしか出来なかった。
「そ、そんな……」
 震える声が吹き荒れる風と共に散っていく。
 翳された青年の右腕からは、夥しいほどの血が流れ落ちていた。
 皮膚を突き破って発現した赤紫色の茨が、魔力砲の輝きを浴びて怪しく光を放っている。
 最初、刹那はあれが青年の能力なのだろうと捉えていた。
 龍宮の魔眼のように、この世の中には特異な力を宿した人間もそれなりの数存在している。
 それ故に、彼の茨も同じようなものなのだろうと考えていたのだ。
 だが、実際はどうだ。
 縦横無尽に伸びた茨からは、ポタポタと赤い滴が垂れている。
 術者の命を喰らって発動し、能力を行使し続ける度に術者の体を蝕んでいく紅の茨。
 脳裏に過ぎったその単語を、無意識の内に刹那は口にしていた。
「呪い、なのか……?」
 ああ、そうだ。あれは能力なんて生易しいものじゃない。
 あれは呪い。術者が事切れるその瞬間まで命を吸い続ける、怨嗟の塊だ。
「必ず……生きて―――」
 ―――連れ帰る。
 それは果たして、誰に対して放った言葉だったのか。
 ギリギリと鍔迫り合いを行っていた両者だったが、幕引きは唐突に訪れた。
 魔力砲が吸収、拡散されて大地に還る。
 張り詰めていた空気は霧散し、世界が音を取り戻したかのように虫の鳴き声が刹那の鼓膜を震わせた。
 ハッとして視線を上げる。
 視界の埋め尽くす程の巨躯を誇る巨鬼―――リョウメンスクナ。
 その額から一条の光が零れていた。
 一時的に視力を気で強化した少女の目に映し出されたものは、翠色の光を纏ったあの神器が巨鬼の額に突き刺さっているというあまりに非常識な光景だった。
 神器を引き抜こうともがくスクナ。
 だが、何か特別な術式が施されているのか、四本の腕はそれに触れることすら出来ない。
 体に葉脈のようなものを浮かべ、スクナは低く苦痛の声をあげている。
 血管の如く体中を奔っているそれが封印術式だと気付く頃には、その巨躯が末端からじょじょに石と化し始めていた。
 程なくして、神器を取り去ろうと四本の腕を頭上に掲げたまま、スクナは再び長い眠りにつくことになる。
「終わった……のか」
 物言わぬ石像と化した巨鬼を見詰め、刹那が呆けたようにそう呟いた。
 直後、何かが倒れこむような音が少女の耳に届く。
「せっちゃん!」
「―――っ!? い、今すぐ術を解きます!」
 動かした視線の先に倒れて動かなくなった青年を収め、刹那が慌てて印を組む。
「この体たらく……我ながら情けない」
 静けさを取り戻した夜風に乗って、青年の嘆きが流れて来る。
 もはや立ち上がる気力すら残されていないのか。
 青年は震える腕で上半身を無理矢理持ち上げると、後ろを振り向いた。
 そして―――微かに血の滲んだ口元に穏やかな弧を描き、万感の思いをこめて告げる。
「無事な……ようだな。良かった」
 その言葉が彼の全てを物語っていた。
 青年は力尽き、大地に再び横たわる。
 結界を解くと、真っ先に木乃香が彼のもとへ駆け寄った。
 悲鳴をあげる体を無理矢理動かし、刹那も主に続くようにして青年に歩み寄る。
 見たところ、右手の出血が特に酷い。
 その二の腕に刻まれた無数の傷痕が、彼の背負う業の深さを物語っていた。
「……すまない」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
 刹那の手に掴まることで何とか青年が立ち上がる。
 瞳は長い前髪によって遮られて見えないが、僅かに口元が吊り上っているところを見ると苦笑しているようだ。
 恐らく、自力で立ち上がることすら出来ない己の無力さを責めているのだろう。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
 木乃香の言葉に同じく苦笑の響きを内包した声で応じ、青年は短く息を吐いた。
 自分の体を覆っている唯一の服―――否、布で止血しようとする少女を片手で制する間、彼はずっと顔を歪めていた。
 どれだけの危機に直面しようが、決して表情を表に出すことのなかった彼が、だ。
 筆舌に尽くし難い程の激痛に抗いながら、青年が視線を遙か先に向ける。
「それよりも……奴はどうなった?」
 奴が誰を指すのか、考えるまでもなかった。
 完全に石化したスクナを刹那が指差す。
 それに視線を動かし、目標が完全に停止していることを確認すると青年は静かに瞑目した。
「止まっとるなぁ」
「……ああ。止まっているな」
 少女の言葉に相槌を返し、青年は頭を振る。
 先の投擲の時といい、今といい、彼は積極的に木乃香を気遣ってくれているようだ。
 対象の命はもちろん、不安や恐怖といった形のないものから心を守護する。
 これが出来て初めて、護衛を務める者として一人前と言えるのかもしれない。
 ピリピリと張り詰めていた空気はいつの間にか霧散していた。
 彼が警戒を解いたということは、少なくともスクナの封印は無事に成功したらしい。
「龍宮に……礼を言わねば、な」
 ぼそりと呟かれたその言葉に、刹那はハッとした。
 そうだ。この勝利は自分一人の手によるものでは断じてない。
 龍宮を始めとする多くの仲間達が協力してくれたからこそ、自分は大切な主を救うことが出来たのだ。
「は、はい!」
 慌てて首を縦に振る。
 木乃香を助けることばかりに目がいき、とても大切なことを忘れていた自分が恥ずかしい。
 刹那が顔を赤くして縮こまる。
 そんな少女を黒衣の青年は黙ったまま、しかし穏やかな瞳で見詰めていた。


* もうすぐネギ団子も終わりですね。


☆ 残っていたネギ団子を掲載。これはweb拍手用短編として掲載していたものです。

☆ 元データ故に誤字脱字がそのままになっている箇所があると思いますので、ご注意を。

☆ 探せば見付かるもんだなぁ。
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この記事のコメント
No title
ダンケvs千草は刹那視点で語られていますが、
ダンケ視点はないのでしょうか?
2010-01-18 Mon 08:34 | URL | #cRy4jAvc[ 内容変更]
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