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リリ勘。久遠編。 ~子狐は見ていた!~
2010-10-31 Sun 21:24

これは以前web拍手で掲載していた番外編です。

時系列的には明日勘後のシナリオな訳ですが、この番外編はパラレル設定なので本編とは一切関係がありません。だから彼が存在しているわけですね。


★ これはリリ勘番外編エピソードS(シグナム)の更に番外編久遠サイドです。

 胸騒ぎを感じた。
 周囲の制止の声も聞かず、茜色に染まる町を一心不乱に駆け抜ける。
 目的地は決まっている。悲しい影を背負った青年と初めて出会ったあの公園だ。
 あの場所は危険だと、久遠の獣として本能が警鐘を鳴らしている。
 悪霊や妖怪とも違う、得体の知れない力を持った異形が集う地。
 小柄な体を目一杯活かし、久遠は海鳴を吹き抜ける一陣の風と化す。
 目当ての公園に辿り着いた久遠は、そこで奇妙な光景を目の当たりにした。
 公園を覆うようにして、半円状の結界が広がっていたのである。
 久遠の知る霊力者達の使用するそれとは異なる、世界を一時的に切り離す高度な結界。
 破ることは可能だが、それをやってしまえば術者に存在を気付かれてしまう。
 仕方なく、久遠は結界の一番薄い箇所から中の様子を見守ることにした。
 結界が張ってあるということは即ち、内部に力を持った者が居るということ。
 この町に神咲以外の霊能力者が居るとは思えないが、かつて出会った青年のように霊能力とは異なる不思議な力を宿す者が居たとしても不思議はない。
「くぉん」
 一声鳴き、茂みの中に身を潜める。
 妖弧の久遠の目には、結界の中の様子がしかと映し出されていた。
 悪霊とは違う、歪な力を持つ異形と桃色の長髪を持つ女性が戦っている。
 見る限り、全ての面に置いて女性の方が上回っているようだ。
 剣を手に華麗に舞う姿は、久遠の知る少女とどこか似通っていた。
 結界に阻害されて詳しいことは判らないが、どうやらこれはあの女性が張ったもののようだ。
 これならば大丈夫だろうと久遠が安堵の息を吐いた時、彼女の第六感が何かを捉えた。
 視線を動かす。
 そして、少女はあの男と再会した。してしまった。
 あの日と同じように、仮面の姿に変身した青年―――大樹が女性の対峙している敵とはまた別の異形と向き合う。
 だが、彼は一切抵抗することなく敵の攻撃を受け続けていた。
 腰に差した銃を手に取ることもせず―――否、手は伸ばすが、それを決して引き抜こうとはしなかった。
 嘆くように、悔やむように、叩き付けられる暴力を受け止め続けている。
 結界が邪魔してこちらの声は届かないし、向こうの声は聞こえない。
 しかし、それでも久遠の耳には確かに届いていた。青年の漏らす謝罪の言葉が。
 胸の装甲が弾け、血が飛び散る。
 倒れ伏して動かなくなった青年に、異形がゆっくりと歩み寄る。
 このまま黙って見ているわけにはいかなかった。
 結界を強引に破ってしまえば、間違いなくあの女性にこちらの素性がバレてしまうだろう。
 だが、それでも見て見ぬフリをすることは出来なかった。
 彼は自分に優しくしてくれた。それは愛する人を亡くしたあとでも変わらない。
 この場所に足を運ぶだけでも辛い筈なのに、そんな表情をおくびにも出さず、いつも優しい笑顔を見せてくれた!
 久遠が結界を破ろうと四肢に力を込めたその時、もう一体の怪物と戦っていた女性が動いた。
 青年と怪物の間に立ちはだかると、猛攻を加えてじょじょに追い詰めていく。
「……くぅん?」
 久遠は胸中で首を傾げた。
 戦況は桃髪の女性の方が明らかに優勢だ。
 では、この胸の中に渦巻く不安はなんなのだろうか?
 状況に変化が訪れたのはその直後だった。
 女性の剣に霊力とは異なる力が収束していく。
 それが頂点に達したところで、怪物が動いた。
 一瞬、久遠には何が起こったのか判らなかった。
 何の脈絡もなく、硝子が割れるようにして張り詰めていた力が砕け散ってしまったのだ。
 目を白黒させる少女を置き去りにして事態は進行していく。
 怪物の放った鎖が女性を捉え、その体を幾重にも拘束する。
 鎖には何か特殊な力が付与されているらしく、女性ももがいてはいるがその束縛が緩む気配はなかった。
 このままでは、あの女性が危ない……!
 一度は霧散しかけた力が収束し、久遠の周囲を紫電が駆け巡る。
 その時。
 久遠の耳に、決して届かぬ筈の声が届いた。
「うわああああああああああっ!!」
 子供のような悲鳴を伴い、青年が跳ね起きる。
 刹那、その手に握られている銃が連続して火を吹いた。
 女性を拘束している鎖を断ち切ると、先程までの苦戦が嘘だったかの如く、圧倒的な力を示して大樹は怪物を追い詰めていく。
(だめ……っ!)
 気付けば、久遠は結界に爪を突き立てていた。
 拳を振るう度に、引き金を引く度に、青年の心が音を立てて壊れていくのが判ってしまったから。
 苦しんでいるのはあの怪物じゃない、大樹の方だ。
 無慈悲な仮面の内側で、青年は涙を流し続けている。謝り続けている。
 あの怪物と彼の間に何があったのかは久遠には判らない。
 ただ一つ判っていることがあるとするなら、あの時と同じように青年が苦しみ続けていることだけ。
 だからこそ、止めなければ……大樹の心が壊れてしまう前に!
 しかし、無情にもその瞬間は訪れてしまう。
 あの時と―――愛する者に二度目の別れを告げた時と同じ技が怪物の命を刈り取っていく。
 力尽き、動かなくなった怪物に駆け寄り、大樹は延々と涙を流し続けていた。
 その光景を目にして久遠はようやく理解した。
 彼は……二度も大切な人を己が手で殺めてしまったのだ。
 救う手段がそれしかなかったとしても、青年は絶対に納得したりはしないだろう。
 それを認めるということは、自分の犯した罪を許すということだから。
 風化していく遺体に縋り付き、大樹が泣き崩れるのが見える。
 まただ。また彼は哀しみを背負ってしまった。自分という存在を憎んでしまった。
 脳裏を過ぎるは、あの時の最後の会話。
 貴方の想いは通じた。だから、それ以上苦しまないで欲しい。
 久遠の言葉に、青年は淡々とこう応えたのだ。
 ―――“ああ。そうだな……”。
 その声音に感情の色は全く感じられず、上っ面だけの返事だと久遠にはすぐ判った。
 頭で納得出来ても、心が認めようとしなかったのだろう。
 どんな形であれ恋人を殺めてしまったという事実に変わりはない。
 彼は自分を憎むことでしか、己を保つことが出来なかったのだ。
「くぉん……」
 見ていることしか出来なかったことを嘆くように、久遠の目から大粒の涙が零れ落ちた。

<大樹編>

 豆腐と油揚げを抱えて夜の道を往く。
 冬のピークこそ過ぎたものの、日が落ちたこの時間はまだ肌寒かった。
 ジャンパーくらい着て来るべきだったのかもしれない。
 若干の後悔を抱え、心許ない街灯に照らされた道を進む。
 直接足を運ぶのはこれが初めてだが、一応、はやてちゃんの家は知っている。
 というのも以前、魔法に関わる前の彼女をグロ○ギもどきから助けたことがあるからだ。
 あの時は緊急事態だった為にブースト魔法を使って移動したので、残念ながら正確な道順までは覚えていないが……まあ何とかなるだろう。
 最悪、通りすがりの人もしくはお巡りさんにでも訊けばいい。
「念の為に着替えてきて正解だったな。緑塗れのままなら、道を訊くだけじゃ済まないだろうし」
 あとは、そうだな。
「くぅ~ん」
 目の前でもの欲しそうに鳴く子狐さんに訊いてみるのもありかもしれない。
「こんばんは、久遠。夜のお散歩かな?」
 狐に話し掛ける怪しい男が一人。
 周囲に人影はなかったので大丈夫だとは思うが、少なくとも知り合いに見られたい場面じゃなかった。
 子狐―――久遠は鼻をぴすぴす鳴らしながらこちらを見上げている。
 首に鈴が付いていることからも判るとおり、この子はペットだ。神咲さん家の飼い狐である。
 俺が久遠と最初に出会ったのは、エンカウント率が百%に限りなく近いあの公園だった。
 それは例によって例の如く怪物と遭遇し、意識を怪しげなデバイスに乗っ取られ、気付いたら全てが終わっていたあの日の出来事。
「くぉん」
「…………」
 な、なんて言っているんだろう?
 人型モードに変身した時は、たどたどしいながらも日本語を話していた。
 どっちの形態にしろこちらの言っていることは通じているらしいけど、子狐状態の時はコンと鳴くのが手一杯のようだ。
 もしかして、お腹が空いて人型モードになれないとか?
 久遠のことだ。大好きな油揚げの匂いを嗅ぎ付け、ここまでやって来たのかもしれない。
 飼い主の那美さん曰く、この子はとても人見知りの激しい性格らしい。
 豆腐屋の店先で悲しそうに鳴いていたら油揚げの一枚くらいすぐに手に入るのだろうが、それが出来ないのが久遠という子狐なんだろう。
「くぉん」
「そんなに悲しい顔するなって。ほら、これはお前にあげるから」
 しゃがみ込み、分厚い油揚げを久遠の足元に置いてあげる。
 勿論、直接地面に置くような真似はしていない。ちゃんと包装紙を下に敷いてある。
 この油揚げはお詫びの品なのだが、背に腹は代えられない。
 餌付けとか本当は良くないんだよなぁ、どういうわけか久遠の場合は飼い主さん公認だが。
「…………」
「ん、どうした? 食べていいんだよ?」
 促してみるものの、久遠は一向に油揚げに口を付けようとはしなかった。
 いつも中の下くらいの揚げをあげているから、その味に慣れてしまったんだろうか。
 それとも、久遠は賢い子だから遠慮しているのか?
「俺のことは気にしないでいいぞー、久遠。ほれ、がぶっといけ、がぶっと。お前が嬉しそうにしているだけで、俺は幸せだからさ」
 ぎこちない笑みなど作りながら、油揚げをもう少しだけ久遠に近付けてみる。
 この子が人型だったならば、こんな歯の浮く台詞は吐けまい。
 ただ、子狐状態の久遠が楽しそうにしているだけでこっちも嬉しくなるのは本当だ。
 世間ではこういうのをアニマルセラピーというんだったか。癒し効果抜群である。
 久遠はニコニコしている俺を黙って見上げ―――
「どうして……わらえるの?」
 人の姿に変化してそう問い掛けてきた。
 予備動作とかなしで人化していたので、思わず息が止まってしまった。
 マジやめて、そういうの。俺、ドッキリとか苦手な人だから。息と一緒に心臓も止まるかと思ったよ。
 紅白の巫女装束に首からさげた大きな鈴、金色の髪を純白のリボンで一つにまとめ、先端が茶色に染まった獣耳が頭からぴょこんと顔を出しているその姿は、あの日公園で見たものと全く同じだ。
「どうしてって……そりゃ、嬉しいからかな」
「うれしい……?」
「うん。久遠にはまだちょっと難しいかもしれないけどね。俺は久遠がおいしそうにご飯食べているのを見ているだけで嬉しいのさ。だから自然と笑顔になるんだと思うよ」
 あー、歯が浮く。頭を思い切り掻き毟りたい。
「ここ……いたくないの?」
 そう言って久遠が指差したのは、俺の胸だった。
 忘れもしない。
 そこは夕方の戦闘の際、あの怪物に機関砲で集中攻撃された箇所だ。
 無駄に厚い装甲となけなしの魔力を使った回復魔法で傷口こそ塞がっているが、まだ少し痛みが残っている。
 鼻が利く久遠はそのことを見抜いていたんだろう。
 わざわざ人型になってまで心配してくれるこの子は優しいな。改めてそう思った。
 そうなると、最初の「どうして笑えるの?」も「痛くないの?」と同じ意味だったに違いない。
 日本語を話すのにまだ慣れていないっぽいし、久遠は久遠なりに頑張ってあの質問をしたんだろう。
 でも、俺がわけ判らん答え方したせいで、もう一度同じ質問をするハメになったと。
 ……なんだかすごい罪悪感が湧いてきた。
 とりあえず謝っておこうか? いや、まずは久遠の問いにちゃんと答える方が先だ。
「……痛いよ。痛くないわけがない。傷口が塞がっているように見えるだけで、実際は全然治ってないんだから当然といや当然だけどね」
「いたいのに……どうしてわらえるの? どうして……くおんに優しくしてくれるの?」
「えっ!? そ、そうだな……」
 言葉に詰まる。
 もがき苦しむほど痛いわけじゃないし、黙っていると煩わしく感じる程度の痛みだから、とでも答えればいいんだろうか。
 迷いに迷った挙句、俺はもっとも無難と感じた言葉を告げることにした。
「痛いのは俺だし、それを久遠に押し付けるのはおかしいだろ? 自分の痛みくらい……背負わないと」
 後半言い淀んでしまったのは、過去の自分の姿が過ぎった為。
 分厚い仮面の内側で、ダバダバと涙を流して悲鳴をあげていた俺がこんな偉そうな台詞を口にしていいものかと逡巡してしまったからである。
 なんという尻すぼみ……。これはむしろ抱負に近いのではないかとさえ思う。
「…………」
「そ、そんなに悲しそうな顔するなって。これでもだいぶマシになったんだから」
 久遠もつくづく心配性な狐さんのようだ。
 獣だから血の臭いに過敏に反応しているのかもしれない。
 狐は……肉食だっけ? い、いやいや、油揚げが大好物の久遠が人を襲うわけないじゃないか。うん。
 脳裏を過ぎった恐ろしい予想を即座に否定する。
 アニメや漫画の世界で引っ張り蛸の九尾の狐や妖狐じゃあるまいし……ねぇ?
「ほんとう?」
「まあね」
 やっぱり、久遠は人間に変身出来る普通の狐だな。
 九尾や妖狐がこんなに優しいわけがない。
 それにしても、あの怪我がここまで回復するのだから、やっぱり魔法はチートだよな。
 機関砲直撃してこれだけの負傷で済むあの装甲も、十二分にチートな気もするが。
「だから、久遠は何も気にしなくていいんだよ」
「……くぉん」
 また寂しそうな顔に逆戻りしてしまった。
 気にしないでいいとか突き放し気味の台詞言わなきゃ良かった。
 しかしこうなってしまった場合、俺にどうしろというのだろうか?
 なのはちゃんやフェイトちゃんも人並み以上に心配性だったが、久遠は二人を足して割らないくらい心配性レベルが高いらしい。
 そんなに俺が頼りなく見えるのか……見えるわな、そりゃあ。
「やくそく」
「……やくそく?」
 オウム返しすると、久遠は今にも泣き出しそうな顔でコクリと頷いた。
 その拍子に、首もとの鈴がシャランと涼やかな音を立てる。
 人間モードの久遠の身長はせいぜい俺の腰くらい。
 必然的に彼女は俺を見上げる形になり、俺は彼女を見下ろす形になる。
 潤んでいる青い瞳をどうしようかと迷いながら見ていると、久遠は俺の上着を両手できゅっと掴んできた。
 抱き付くのではなく、鼻先を上着に擦り付けるようにして体重を預けてくる。
 軽い。羽のように―――とまではいかないが、元が子狐なのでひたすら軽い。
 ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうで、百円ショップの陶器コーナーに居るような気分になってくる。
「じぶんのこと、すきになるって……やくそく」
「……それは」
 ―――ナルシストになれと?
 いや、流石にそれはないか。
 単純に考えれば、もっと自信を持って頑張れという意味だろう。
 久遠と話す時は、真正面から言葉の意味を捉えちゃダメなんだよな。恐らく。
 口数が少ない上に日本語に慣れていないから、裏の裏を読むようにして意図を読み取らないといけないんだ。
「やくそく……っ」
 久遠の大きな瞳から涙の滴が零れた。
 ―――泣いた!? いや、泣かせたのか、俺が!?
 もう真意を理解しないととか言っている場合じゃない。
「わ、判った! 約束する! 約束するから、だから泣かないで! お願いですから!」
 しがみ付いて離れない久遠に必死に懇願する男が一人(四捨五入すればまだ二十)。
 ろくに話も聞かないで肯定ばかりしていると酷い目に遭うと学習した筈なのに、またやってしまった。
 だけど、泣いている女の子―――しかも幼い子にしがみ付かれたままで居るのはもっとまずいと思うし。下手しなくても職質ものだろ、これ。
 おまけに久遠の格好は巫女服+獣耳だ。物心付いていない女の子をお菓子で誘導して無理矢理~とか誤解される可能性だって十二分にある。
「ごめん……なさい」
「ど、どうして謝るの!? 久遠は全然悪くないよ!? むしろ、悪いのは俺の方だから! ね!?」
 ぽろぽろと涙の粒を零しながら、久遠がぎゅっと上着を握り締めてくる。
 混乱の極みに達した俺の思考回路は、この時点で焼き付いてしまっていた。
 グルグルと思考が渦を巻いている頭で、そういや怪我の心配してくれたことに対するお礼をまだ言ってないなぁ、とか見当外れなことを考える。
 きっと今の俺は、無駄な力とそうじゃない力が抜けてなんとも情けない顔になっているだろう。
「ありがとう」
「……え」
「心配してくれてありがとう。まだ胸の傷は少し痛むけど、久遠のおかげでだいぶ楽になったよ。今すぐというわけにはいかないけど、俺ももう少しだけ頑張ってみようかな」
 混乱していた割に真面目なことを言えて良かった。
 せめて、久遠に心配掛けない程度には丈夫になろう。
 聞く限り、魔力ランクとかはどうしようもないらしいし、なのはちゃんのお父さんに頼んで護身術の一つ二つ教えてもらうのもありかもしれない。
 でもまあ、その前にあの人の眼力に耐えられるようにしないとなぁ。
 シグナムさんと同じくらい優しい人だってのは判っているんだけど、どうにも体育会系の人は苦手だ。
「くおんがわらうと……だいきはうれしいの?」
「うん。嬉しい」
 今度は判り易い質問で助かった。
 変な誤解されても困るので、力強く頷いておく。
 まだ目尻に涙が溜まっているけど、とりあえずは泣き止んでくれて良かった。
「だいきがえがおだと、くおんもうれしい。おそろい」
「ああ。お揃いだな」
 微笑んで耳をぴょこぴょこさせる久遠は本当に可愛い。
 満面の笑みというわけにはいかないが、それでも泣き顔よりはずっとマシだ。
「久遠もそろそろ家に帰ったらどうだ? 神咲さんも心配していると思うよ」
「だいきは?」
「俺はちょっと寄るところがあるんだ。ほれ、これは久遠の分だから持っていきな」
 奇跡的に無傷だった油揚げを袋に戻し、久遠に渡してあげる。
 一度地面に置いてしまった食べ物をあげるのもどうかと思うが、この子は狐だからな。そういうの、あまり気にしないだろう。
「ありがとう」
 七五三とは違うけど、和服を着て袋を提げている女の子ってなんか良い。
 言っておくが、ロリコンとか幼女趣味とかでは断じてない。俺はただの子供好きだ。
 思わず頬が緩んでしまう。アニマルセラピーとはまた違う、新たな癒しを発見した瞬間だった。
 油揚げの入った袋を手に、久遠はニコニコしながら帰って行く。
 時折、後ろを振り返って俺に手を振ってくるのが可愛くて仕方ない。
 懐は寒いし、胸の傷は地味に痛いしでろくなことがない一日だと思っていたが、最後の最後でハッピーなイベントが待っていたわけだ。
 笑顔で久遠と別れ、改めてはやてちゃんの家を目指す。
 こうして、油揚げ一枚分軽くなった紙袋を提げ、俺は夜の道を再び行くのだった。
 ―――久遠、あの格好のまま家に帰って職質とかされなかっただろうか?

<久遠サイド>

 日が完全に沈み、町は闇に包まれる。
 公園をあとにした久遠は、大樹をこっそり尾行していた。
 あの後、女性と別れた青年は傍目から見ても判るくらい落ち込んだ様子だった。
 仕方ないの一言で片付けることは簡単だが、大樹という青年の人となりを少しでも知っている者は今の彼を見て一様に絶句するに違いない。
(しんぱい……)
 彼が早まった行動を取るとは思えなかったが、それでも久遠は心配だった。
 あの青年は優し過ぎる。それ故に、背負わなくて良いものも自分の内に抱えてしまう。受け入れてしまう。
 傷付いて、苦しくて、それでも歯を食い縛って堪えてしまう。大丈夫だと、平気なのだと周りの人達を誤魔化してしまう。
 大樹の身を案じた女性が送って行くと気遣った時も、青年はそれを頑なに拒んでいた。
 今のお前を放って置くわけにはいかないと粘る女性に、彼はこう告げたのだ。
 ―――“俺は大丈夫ですから、気にしないでください。こういうの慣れていますから”と。
 彼が塒(ねぐら)に帰るのを見届けた帰り道、久遠は立ち止まると頭上に輝く月を仰いだ。
 どうして、大樹は嘘を吐いてまで笑うのだろう?
 油揚げをくれる時、彼はいつも笑顔だった。心の底から楽しそうに笑っていた。
(あれも“うそ”……?)
 判らなかった。
 苦しいのに笑う理由が、辛いのに笑う理由が。
 一人で悩む久遠。そんな彼女の耳に聞き慣れた声が届いたのは、その直後だった。
 急いで声の聞こえた方向に走る。
 食欲をそそる匂いにふと視線を上げれば、紙袋を携えた大樹が不思議そうにこちらを見詰めていた。
 彼は何をしているのだろうか、こんなところで。
 大樹の顔を見ていると、あの公園の出来事を否応なしに思い出してしまう。
 じわじわと悲しい気持ちが久遠の胸に広がっていく。
「くぉん」
「そんなに悲しい顔するなって。ほら、これはお前にあげるから」
 そんな久遠の気持ちを察したのだろう。
 青年は中腰になると、持っていた紙袋から油揚げを取り出した。
 地面に包装紙を敷き、その上にそれを置いてくれる。
 匂いだけでそれが上等な品だということが久遠には判った。
 いつも貰っている物とは匂いからして明らかに違っている。
 どうして今日に限って……と、久遠は胸中で首を傾げた。
「…………」
「ん、どうした? 食べていいんだよ?」
 優しく声を掛けてくれる青年。
 彼の笑顔を眺めている内に、久遠の胸に先程の疑問がふつふつと蘇ってきた。
「俺のことは気にしないでいいぞー、久遠。ほれ、がぶっといけ、がぶっと。お前が嬉しそうにしているだけで、俺は幸せだからさ」
「―――っ!」
 何気なく掛けられた言葉に久遠は絶句した。
 俺のことは気にしないでいいと、大樹は言った。
 彼は気付いていたのだ。
 公園での一件を久遠が見ていたことに。
 この様子ならば、心配した彼女が自分のあとを尾けていたことにも勘付いていたのだろう。
 今日に限って彼が上等のお揚げをくれたのも、全ては落ち込んでいる自分を慰める為……。
 微笑んでいる大樹を見上げ、久遠は人の姿になると口を開いた。
「どうして……わらえるの?」
 辛い時や悲しい時は泣いてもいいんだ。
 久遠は親しい人達からそう教わった。
 無理して笑う必要はない筈なのに……。
 一瞬、大樹の表情が真っ白になった気がした。
 いつもの優しい笑みが消え、能面の如く無機質なものに変わったように久遠の目には映ったのだ。
「どうしてって……そりゃ、嬉しいからかな」
「うれしい……?」
 大樹の言いたいことが判らない。
 首を傾げる久遠に、青年は苦笑しながら言った。
「うん。久遠にはまだちょっと難しいかもしれないけどね。俺は久遠がおいしそうにご飯食べているのを見ているだけで嬉しいのさ。だから自然と笑顔になるんだと思うよ」
「ここ……いたくないの?」
 久遠が指差したのは青年の胸―――その奥にあるとされる心。
 彼女は直接、彼の口から聞きたかったのだ。
 体の傷と違って心の傷はそう簡単には治らない。
 そのことは自分が一番よく理解している。
「……痛いよ。痛くないわけがない。傷口が塞がっているように見えるだけで、実際は全然治ってないんだから当然といや当然だけどね」
 もはや言い逃れは出来ないと悟ったのか。
 青年は揺れる瞳に悲しみを宿し、自嘲気味にそう告げた。
 その顔からは既に偽りの笑みは消えている。
「いたいのに……どうしてわらえるの? どうして……くおんに優しくしてくれるの?」
「えっ!? そ、そうだな……」
 大樹は言い淀み、そして―――。
「痛いのは俺だし、それを久遠に押し付けるのはおかしいだろ? 自分の痛みくらい……背負わないと」
 自分に言い聞かせるように、そう呟いたのだった。
 まるで……そうしなければいけないとでも言うように。
「…………」
「そ、そんなに悲しそうな顔するなって。これでもだいぶマシになったんだから」
 やはり、大樹は優しい。
 自分がどれだけ傷付いていても、他の人の事を優先する。
 自分なんてどうなっても良いと思ってしまっている。
「ほんとう?」
「まあね」
 だが、これは彼の嘘偽りのない本心なのだろう。
 誰かを救うことが嬉しいのではなく、それをすることが当たり前だと思い込んでいる。
「だから、久遠は何も気にしなくていいんだよ」
「……くぉん」
 その言葉は全て自分が負うという意味に他ならない。
 彼がそこまでして他者の為に尽くそうとするのは、“死の業”を背負っているからか。
 退くことを顧みない。命を惜しまない。
 だからこそ、大樹は強い。自分を捨てて戦うことが出来るから。
「やくそく」
「……やくそく?」
 無駄だと判っていても、久遠は口を噤むことが出来なかった。
「じぶんのこと、すきになるって……やくそく」
「……それは」
 案の定、大樹はばつが悪そうに顔を顰めている。
 自分のことを好きになる。
 それは彼にとって何よりも困難で、度し難いことに違いない。
 その事実が堪らなく悲しくて、何も出来ない自分が歯痒くて、久遠は大樹に抱き付いた。
 教えてあげたかった。
 大樹は十分過ぎるくらい頑張っていると。
 だからもう一人で苦しい思いをしなくてもいいんだと。
 こんなこと、“サヨコ”は望んでいない筈なのに……。
「やくそく……っ」
 感情が溢れ出し、呼応するように久遠の瞳から涙の滴が落ちた。
 直接この想いを伝えることが出来たら、どれほど幸せだっただろうか。
 久遠に出来ることは、“やくそく”という足枷をはめて彼が無茶をしないよう制限を加えることだけ。
「わ、判った! 約束する! 約束するから、だから泣かないで! お願いですから!」
 ―――“久遠に泣いてほしくないから”。
 青年が少女の言葉を呑む理由はそれだけだ。
 誰にも泣いて欲しくない。誰にも苦しんで欲しくない。誰にも―――死んで欲しくない。
 彼の言動その全てが“誰かの為になるのなら”に繋がっている。
 もしも、見知らぬ一人を救う為に命を捨てる必要があるのなら、大樹は刹那の逡巡もなく自らの首を差し出すのだろう。
「ごめん……なさい」
「ど、どうして謝るの!? 久遠は全然悪くないよ!? むしろ、悪いのは俺の方だから! ね!?」
 知らず、彼の優しさを利用していたことに気付き、久遠は抱き付いたまま謝罪の言葉を口にした。
 これでは何も変わらないではないか。
 いくら足枷を増やしたところでその歩みを止めない限り、いつの日か必ず彼は最後の選択に辿り着いてしまう。
 どれだけ手を伸ばしても掴めないほど遠い場所に行ってしまう。
 久遠はそれが何よりも怖かった。
 そんな彼女の耳に、今までで一番穏やかな青年の声が届いたのはその時だった。
「ありがとう」
 ―――それは久遠が初めて大樹に掛けた言葉。
「……え」
 押し付けていた顔を持ち上げる。
 涙で歪む視界。その中心で、青年は笑うことなく―――だけど、見たことのないくらい優しい色をした双眸で久遠を見守っていた。
「心配してくれてありがとう。まだ胸の傷は少し痛むけど、久遠のおかげでだいぶ楽になったよ。今すぐというわけにはいかないけど、俺ももう少しだけ頑張ってみようかな」
 こんな自分にも心配してくれる人が居る。
 もしかしたら、大樹はようやくその事実に気付いたのかもしれない。
 自分が死ぬことで悲しむ人が居るのなら、出来得る限りは抗ってみよう。
 新たな決意を示すように、青年が僅かに口の端を吊り上げてみせる。
 いつもの大樹が太陽だとすれば、今の彼はまるで月のようだ。
 人懐こい笑みの変わりに大人びた微笑を浮かべ、青年は初めて会った時よりもほんの少し誇らしげに笑ってみせた。
「くおんがわらうと……だいきはうれしいの?」
「うん。嬉しい」
 青年は迷うことなく首肯する。
 人は彼のことを歪んでいると言うかもしれない。
 自分の全てを捨てて、人に尽くすことだけを生き甲斐とする彼のことを偽善者と呼ぶかもしれない。
 ―――それでも。
「だいきがえがおだと、くおんもうれしい。おそろい?」
「ああ。お揃いだな」
 その裏に“贖罪”という言葉が隠れているのだとしても。
 楽しそうに笑う彼の姿を見ているだけで、久遠は嬉しかった。
 ならば、笑っていよう。
 せめて自分と一緒に居る間くらい、彼が悲しみを忘れられるように。
 そして―――遠くないいつの日か、大樹が自分自身の為に笑える日がきますように。
「久遠もそろそろ家に帰ったらどうだ? 神咲さんも心配していると思うよ」
「だいきは?」
「俺はちょっと寄るところがあるんだ。ほれ、これは久遠の分だから持っていきな」
「ありがとう」
 油揚げを受け取り、久遠はペコリと頭を下げた。
 作られてから少し時間は経っているものの、その魅力は依然として健在だ。
 自然と笑顔になる久遠。
 それを見詰める青年も、本当に嬉しそうに頬を緩めていた。
 彼の言う通り、これ以上帰りが遅くなると那美に迷惑を掛けてしまう。
 出来ることならもう少し大樹の傍に居たかったが……。
 振り返って手を振ると、青年は少し恥ずかしそうに―――そして、何よりも幸せそうにはにかみながら応えてくれた。
 それが思わず尻尾を振ってしまうほど嬉しくて。
 久遠は大樹の姿が見えなくなるまで何度も振り返っては、手を振り続けるのだった。


☆ 所々おかしい箇所があるでしょう?
☆ この話は隠しエピソードとして用意したものだったのですが……長すぎた。
☆   エピソードFのFは狐のFです。



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この記事のコメント
番外編とはいえ再度久遠がメインに出てるとは、とらハ3ではノエル(月村家メイド)と久遠が自分のツートップでしたから嬉しい限りです。

毎度ながらお互いが勘違いで言葉のキャチボールをしてる……毎回楽しんでますよww

しかしまあ久遠と大樹の周りの人等からの総合的な勘違い人物像ってつくづく似てますね、「長寿」で「過去に辛い事」があったり「大切な人が……」
だったりと、やっぱ似てますねwwだから久遠は色々と思うんでしょうね……

あと大樹、久遠の尻尾は確かに九つでじゃないね、五つだww
まあ大人モードオンリーだけど、そして大人モードの服装は子供モードの時より職務質問されるな、特に履いてn……いからww

久遠のキャラに違和感がないのが良かったですよ、そして随分と長文になり失礼しました、本編も番外編も頑張って下さい。

P・S ダディは勿論、サブライダーの方が主役よりも好きですよww
特にアクセル照井とイクサ名護さんとキックホッパー矢車さんと王蛇浅倉は個性と魅力と強さが溢れてて大好きですよ!
2010-11-01 Mon 23:26 | URL | 三龍 #/.OuxNPQ[ 内容変更]
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